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乙女ゲーが始まった……のかしら?

 ……で、時は流れて五年。

 婚約者選定委員会は結局二回で幕引き、あんなに堂々とキナコ・パルフェ伯爵令嬢のお披露目したからには彼女が婚約者なんだろうな、と思っていたら、ゲームの仕様のせいなのか、前世の記憶通り、わたしが婚約者となってしまった。悪役令嬢ポジ、確定★


 五年で件のキナコ嬢は、ギリギリ?貴族令嬢のマナーを覚え、今年晴れて王立デ・ザート学園に入学する運びとなった。

 仲良しのキュリア・ヘルメス侯爵令嬢は現在三年生、アイザック・ウィンチ第二王子は二年生。かく言うわたしもキナコ嬢と同じ新入生となる。


「わたしが入学する年にはキュリアが卒業しちゃう!そんなのイヤ!」


 なんとか三人で学園生活を送りたかったフレーミン・ウェッジウッド伯爵令嬢は、ただの妖精ではなかった。超!天才妖精だったのだ。

 正直、学園を通り越して専門の研究機関への召集されるほどの頭脳だったが、わたしたちが学園にいる間中は研究機関へは行かないとダダをこねた。それどころか、今年入学出来ないなら、完成した論文を焼却する、と宣言し、学会を震撼させた。無敵の妖精は、本当に無敵だった。


 そんな訳で、ランチは三人で仲良く過ごす、がこの頃の日課になっている。

 研究機関のお偉方には、『第二王子の婚約者なのですから、早々に王子妃教育を完了してご結婚ください』と、王宮に参上する度に言われている。

 家族からは、『できるだけゆっくり王子妃教育をこなして、なんならムリなので辞退できるよう手を抜きなさい』と言われていて、まさかの中間管理職な心境だ。


「こんなところにいたんですね、リンドナー様。あら、そのクッキー美味しそうですね、いただきます」


 和やかに三人でランチをしていて、ぼんやり現状を考えていたところに旋風。ギリギリなマナーで有名なキナコ・パルフェ伯爵令嬢がやってきてわたしのクッキーを食べた。


「……、ごきげんよう、パルフェ伯爵令嬢。何度も申し上げますが、まずは挨拶が基本です。それから、高位貴族に『こんなところにいた』とは、いかがなものでしょう。そして、わたくしの……」


 クッキーの恨みを切々と訴えようとしたところ、


「えー、リンドナー様、堅いなぁ。そんなですからアイザック様に御名を呼ばせていただけないんですよぉ」


 と、ケラケラ笑いながら指摘してきた。

 ムッとしつつ、わたしは拳を握り締め、けれども優雅に対応を心がける。


「マナーはマナーです、人に対する最低限の礼儀をわきまえてください。また、殿下に関する内容は、貴女にご指摘いただく必要はございません」


 ピシャリと言い放つわたしは、さながら悪役令嬢であった。更なる追い討ちでクッキーの件を蒸し返そうとしたところ、


「リンドナー、そのくらいに」


 例によって例の如く、物凄いタイミングで第二王子アイザック殿下が現れた。うん、お前絶対見てただろ、あの辺の木の影から。


「アイザック様、あたし、リンドナー様に……」


 以下略。こちらの被害(クッキーの尊い犠牲)を物ともせず、キナコ嬢は自分がいじめられたと訴えているようだった。


 王子とヒロインのやり取りを、冷めた目で見つめていると、キュリアとフレーミンが、残念なものを見る目でわたしを見てくる。


「……なんですか?」


 いぶかしげに二人を見返すと、


「その目で見てる時のリンドナーの考え、大体ハズレてるから、考え直した方がいいよ」


 フレーミンが言う。横ではキュリアが物凄い勢いで首を縦に振っている。

 このやり取り、侍女のサリーとメイドのリリーともよくやるやつ…。


「なにが、ハズレているのでしょう?」


「ご自分の心に聞いてみてくださいな」


 キュリアがふんわり笑う。フレーミンはニヤニヤしていた。


「……、そうだリンドナー。これを」


 いつの間にかヒロイン・キナコ嬢との会話を終らせていたアイザック殿下から、べっ甲飴のような鮮やかな金のリボンでラッピングしてある小箱を渡される。


「ありがとう存じます、開けても?」


 アイザック殿下は月一くらいの頻度でわたしに小さな小箱をくれる。毎回べっ甲飴色のリボンだから、中に何が入っているのか、わかっている。


「新作。感想をお願いしたいと思って」


 中身は毎回、新作のクッキーだった。殿下はいつの頃からか、新作のクッキーをプレゼントしてくれるようになった。

 素朴なクッキーから、かわいらしいモザイククッキー。アイシングの凝ったクッキーなど、バリエーション豊富で、プレゼントされるたび、笑顔になってしまう。

 今回は猫の型抜きクッキーだった。


「なんて、なんて愛らしいのでしょう!ふんわりとしたまるいフォルムに所々に入ったココアの模様。しかも濃茶の部分と薄茶の部分も上手に色分けされた可愛らしい猫のクッキー!さらにさらに、ポインテッドが特徴のシャム猫と、体格差で判断できるラグドール!クッキーでこの違いを表現するなんて、素晴らしい!特徴的な縞柄のアメリカンショートヘアの柄も完璧な再現!これを芸術と言わずなんと言う!殿下、食べてみても?勿論良いですわよね、いただきます。まぁ!今回はバニラの配合が素晴らしいですわ!つれない猫のように甘く、けれどもしつこくない。ふわふわの毛並みをそうぞうさせるホロホロと崩れる食感、甘さの中にカカオが香ることで、単純なかわいらしさだけでなく、大人の女性も虜にしてしまう魅力あふれるクッキーですわ!あら、このポインテッド部分……ココアじゃない……、これは……胡椒ですか?シャムの方はさらにピリリとした気高さを表現なさっているのですね。では、こちらのラグドールは……こちらは同系色ながら、胡麻ですか!甘めにした胡麻を使うことで、形だけでなく味でもシャムとラグドールの差を……感服いたします。今回の小麦は……、アラモード領産ですか?甘みが違いますね。近年品種改良に成功したそうでしたが、やっと流通に乗ったのですね、素晴らしい。バターは……」


 ノンブレスでここまで感想をお伝えすると、キュリアとフレーミンは扇子で口元を隠し震えていた。キナコ嬢はぽかーん、とあのお顔。アイザック殿下はうつむき耳を赤くし小刻みに震えていた。

 

 キナコ嬢に対するいじめ(疑惑)で、わたしの心象ガタ落ちかと思いきやこの反応。……ん?第二王子はわたしにメロメロなのか???どっちだ???


 思考の海に落ちかけていると、コホン!と咳払い一つでいつもの王子然とした様相を取り戻したアイザック殿下が、感謝の言葉をくれた。


「いつも通り、素敵な感想ありがとう。新作の際には、是非」


「こちらこそ、素晴らしいものを頂戴しましたのに、お礼を言うのはわたくしの方ですわ。本当にありがとうございました」


 にっこにこな笑顔で、本心から感謝の言葉を述べると、王子は片手を挙げて応え、そのまま立ち去った。途中、肩が震えていたのは気のせいだろうか。


「アイザック様、お待ちを!」


 その背をキナコ嬢が追っていく。

 ……うーむ、そろそろキナコ嬢に一言言っておかないと、取り巻きによるいじめイベントが起こってしまうのでは……、と懸念しながらランチを終えた。



*********************


 学園へは王都にあるタウンハウスから通っている。学生寮だったら、日々のモヤモヤを叫べなかっただろうから、本当にありがたい。


「お嬢様、本日のお菓子は……」


「今日は殿下から新作クッキーを賜ったから、お茶と共にそれを。そうね、着替えてから三十分後にお願い。少し一人にして頂戴」


 侍女のサリーとリリーにお願いする。音も無く二人が頷き自室を後にした。


 二人がいなくなって、さらにこの部屋から離れたのを確認してから、わたしは寝室のドアを開けベッドに潜り込んだ。前世の記憶(役立たず)を思い出してからの定番スタイルである。

 わたしは枕に顔を押し付けて、思いっきり叫ぶ。


「殿下の名前呼び、とっくに許可されてるわよー!!!親密度上げ中なんだかしらないけど、一々絡んでこないで!!!あと、わたしのクッキー返っせっー!!!!!!!」


 力の限り叫んだ。誰も聞いていないと願いたい。

 

 実は婚約者になった後すぐに、殿下からは『アイザックと呼んで欲しい』といわれている。かれこれ五年になる。しかし、つれない女の魅力を出そうかと、かたくなに『殿下』とお呼びしているのである。

 わたしがかたくなに名前を呼ばないでいると、いつの頃からか殿下はわたしのことを『リンドナー』と敬称を外して呼ぶようになった。謎の親密度アップだ。

 もしかすると、わたしの作戦が成功しているのかもしれない。わたしに惚れこんだ殿下をフる日も近い?

 けれど、殿下のそばにキナコ・パルフェ伯爵令嬢がいることから、楽観視もできない。二人の関係は親密そうだし、わたしと殿下が話している時のキナコ嬢のニヤニヤ顔も気になる。これはアレか。『悪役令嬢、恋しちゃってんなー、断罪されるくせに』という顔だろうか。

 考えながら、冷めた目をしてしまう。ここがゲームの世界なら、その通りだからだ。どんなに頑張って、殿下の心を掴もうとしても、悪役令嬢ではヒロインに敵わない。わたしのしていることは悪あがきなのだ。


「そのうち取り巻き令嬢がヒロインに『婚約者のアルクーメ公爵令嬢をさしおいて……』的なことを言いに行くのよ、数人で取り囲んで。はぁ、断罪コースかぁ」


 ここに冷静な思考の誰かがいたならば、殿下を惚れさせようとしている行動がゲーム通りになってるんだって、とツッこんでくれたに違いない。しかしこの時のわたしは、ゲームシナリオ通りに動いていない!と謎の自信があったのに、強制力が働いているのだと信じていたのだ。まぁ、一部その考えは当たっていたのだけれど。


「取り巻きか……、……ん?悪役令嬢の取り巻きって、基本、令嬢よね。取り巻きの令嬢って言える子、わたしに、いる?」


 自問自答してみても、わたしの周りにいる女子は、傾国の美女・社交の華であるキュリアと、天下無敵の超天才妖精姫フレーミン、そして異世界転移令嬢キナコ本人だけだ。

 ということは、親しくも無い女子が取り巻きぶっていやがらせするってこと?しかもその責任が何故かわたしになるの????


 先程まで、しょんぼりムードだった気持ちが一転する。怒りゲージがどんどん上がってるのが分かる。


「わたしの預かり知らぬところで、それが原因で断罪な・ん・て!許せない!!!」


 またしても可哀想な枕が叫びを聞かされるハメになった。

 ただ、許せなかろうが、あずかり知らぬところでの行動を阻止する事、やっていないことの証明は、困難を極めるだろう事が予想され、中の下の脳みそはショート寸前だった。



*********************



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