素晴らしいお菓子を表す言葉は一言では足りません
「お疲れ様ですわ、リンドナー!」
「あはは、すっごく疲れた顔してるわよ、リンドナー」
アイザック第二王子との会話から約2時間、王族の皆様への挨拶回りは続いた。この茶会、規模が本当に大きすぎて、挨拶しなければならない王族が多すぎる。あとめっちゃ言いたい!
「王子様が多すぎる!!!!」
ため息とともに呟いた私に、ウェッジウッド伯爵令嬢フレーミンが笑う。ヘルメス侯爵令嬢キュリアは心配しつつも少々呆れ顔だ。
「リンドナー、爵位が高い令嬢はいついかなる時も政治利用に備えて慎ましやかに隙の無い様、でしょ?」
キュリアは二つ年上のせいか、お姉さんぶってわたしをたしなめるが、言葉とは裏腹に同情的であった。
「キュリア、なんでわたしばっかり2時間も挨拶だったの。キュリアの方が美人でお年頃なのに……!」
我が国を含め近隣諸国では、高位貴族は15歳までに婚約者が決まる。王族、高位貴族、下位貴族の順だ。キュリアは美人で有名な上、領地が広大で物凄く栄えている。超優良物件なのだ!
「わたくしだって、それはもうたくさんの挨拶をして参りましたわ」
困り顔のキュリアに、フレーミンが笑いながら言葉を足す。
「キュリアったらすごいの!聞いてよリンドナー。キュリアが挨拶しに行くとね、我先にと、他の王族も寄って来ちゃって。だからわざわざこちらから行く必要がなくて、すぐ終れたのよ。さらにね、お話をしようとすると、王族の皆様同士で喧嘩が始まっちゃって。だからそそくさと退散したって次第」
そう言うフレーミンもわたしの一つ年下の可愛い女の子だ。伯爵令嬢らしからぬ話し方をしているが、出るところに出れば超!素晴らしいレディに擬態する。砂糖菓子のように可憐な様は、我が国の妖精とまで言われている。
「フレーミンはどうだったのよ」
じとり、と見つめながらフレーミンに問えば、
「わたし?わたしは『まだ幼すぎますし、殿下のお相手としては器足らずかと存じますが』って毎回言ってからの挨拶だから、開放は早かったよ」
なんてことはない、『わたしにコナかけるなんて、ロリコンの疑いかけるわよ』と遠まわしに言ったのだ。大胆不敵、この妖精、無敵!
「じゃあこんなに疲れてるのはわたしだけなの?食べたいお菓子も我慢してたのに!」
王族を探し歩いて挨拶する、意外と会話が続いてしまう、の連続だった。わたしもキュリアみたいに傾国の美女やったりフレーミンみたいな無敵な妖精になりたかった……。
「……傾国の美女って、国を傾ける気はありませんわ。さて、そんなお疲れのリンドナーには……」
キュリアは呆れつつ、近くの給仕に声を掛ける。用意されたのは、超!素晴らしいデザートディッシュプレートだった。
「大胆な花柄模様に、神々しいばかりのマカロン!透き通る輝きは正に宝石なゼリー!そしてそして、甘くほどけることをもう知っている繊細で緻密なクッキー!キュリア様!ありがとう!!!」
わたしが好みそうなものばかりを載せたプレートを手渡してくれた。先日のお茶会で用意されていたクッキーも載っている、さすがは我が友!分かってるぅぅぅ!
「あら、じゃあわたしのコレはいらないかしら?」
フレーミンがグラスに入ったクラッシュゼリーと季節のフルーツをふんだんに使ったアイスクリームを掲げて見せた。
「クラッシュゼリーが雄大な空を、アイスクリームがそこに浮かぶ、皆を包み込むような雲を、フルーツが実りを表現する至高の杯!もちろん!頂戴いたしますっ!大好きフレーミン!」
一応わたしも公爵令嬢なので、マナーは気をつけつつ、あくまで優雅に(本人希望的観測)二人からの捧げ物を堪能した。
「リンドナーのお菓子の表現って、どうなってるのかしら。殿方からの恋文の誇張表現に既知感を覚えるのだけれど……」
「キュリア喩え上手だね。うん、わたしも思ってた。リンドナー、お菓子に対してすごく表現過多だよね」
「二人とも何をおっしゃってるの!?この職人によって作られた究極で至高なお菓子に対するわたし如き下賎の者の評価、言葉を尽くしても足りません!」
「リンドナーが下賤って、そんな……」
「お菓子を前に、わたしの価値など下の下。そして職人と同じように、それらを作るために小麦を作ってくださる領民のみなさんや……」
わたしの暑苦しい菓子愛と、それに携わるみなさん、ひいてはそれらを作るために関係する全てのみなさんが素晴らしく価値がある事を切々と話していると、二人はいつものことかと呆れつつも笑ってくれていた。
近くを隣国の王子方が通っているのも知らずに……。
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お菓子堪能大会と化した大規模茶会はつつがなく終えることが出来た。後半はお菓子しか見ていない気がする。お父様からは、小さな騒ぎがあったようだが、我々のあずかり知らぬところ、とお話があったので、わたしにとっては万事つつがない。
長い挨拶タイムに辟易した記憶とお菓子の思い出に浸りつつ日々を過ごしていると、第二回婚約者選定委員会(仮)の招待状が届いてしまった。大規模茶会でも前回でもフレーミンとキュリアでお菓子を食べていただけのわたしに、第二回の招待状が来たことに驚きを隠せないが、アイザック王子との会話で耳を赤くしていた姿を思い出し、ははぁん?と悪い笑みを口元に浮かべてしまった。
「お嬢様。その笑顔の時のお考えは、大抵の場合ハズレです。ご再考を」
侍女のサリーがぴしゃりと言い放つ。メイドのマリーがゴム鞠のように縦に首を振る。なんでこんなに評価低いの、わたし。
「はぁ、なんだかよく分からないのだけれど、またお茶会があるそうなの。次はどのドレスが良いかしら……?できるだけウェスト周りがゆったりしている、リボンで調整できるタイプがよいのだけれど」
建前は、お茶会の立ち居地的にどんなドレスにするのが良いかの相談だが、長く仕える二人には当然通用しなかった。
「今回のお茶会のドレスは新調するように言付かっております。ウェスト、腕周り、首周りに至るまで、しっかり計測し、ピッタリなドレスにせよ、とのことでした」
サリーがドレスについて、絶望的な話をする。ピッタリ?首も?ウェストも?それはこの頃肉付きが良くなってきたから?それとも当日の爆食いを阻止するために?
「……お父様からの指示ですか?この間の大規模茶会にドレスを新調したばかりですもの、今回はしなくてもいいわ。着ようかな?って考えてるドレスなら、袖のレースが少なめでクリームを付けてしまう心配も少ないし、ウェストが少々きつくなってもサイズ調整できるもの!それにわたし育ち盛りで、ピッタリサイズなんて、一回しか着れなかったりするでしょう?ね、そんな無駄遣い必要ないわ」
「奥様からの指示でございます、お嬢様。アルクーメの財力の心配はご無用、必ず新調なさい、とのことでした。……なめられてはいけない案件、だそうです」
お父様からではなくお母様からの指示。お父様がドレスを指定する場合、基本的にはわたしの体調や淑女としての体裁が強い。しかしお母様からは、面倒な案件に巻き込まれる可能性を阻止したい考えがある場合がほとんどだ。考えに従うしかない。
「……わかりました。はぁ、お茶会では何を楽しみにすれば良いの……」
「素敵な殿方との会話、でしょうか?」
「そこは一応、王子殿下との会話って言った方がいいんじゃない、サリー」
「私は王宮侍女にはなれ無そうなので」
サリーとリリーも、わたしが第二王子の婚約者になるのを阻止したい、ということはわかった。
それにしても、あんな態度だったわたしに招待状。第二王子、もしやわたしに惚れたか……?と悪い笑顔を更に深めると、サリーとリリーが呆れ気味にため息をついているのがわかった。……わたしの野望に水を注さないで。
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各話のタイトル付けが苦手です……
誤字報告ありがとうございます!
「役者不足」としていた箇所を「器足らず」に変更しました。つい口語造語を使っていました、勉強不足申し訳ありません。
引き続き誤字ありましたらご指摘お願いします。