お覚悟ください、王子様!
「……え?私のドレスを見て、私がアイザックルートだと思った???」
ダーレ・ダッケ子爵令嬢一味の断罪?に対し、厳重注意と謹慎を命じた後、わたしとキナコ嬢、攻略対象者様ご一行と、キュリアとフレーミンは、学園の会議室に集められていた。
わたしが『婚約破棄しない』と言い出したあたりで、誤解に気付いたとキナコ嬢は言う。
「……だって、相手の色のドレスでルート確定、テンプレじゃないの」
わたしが恥じ入るようにボソボソと呟く。ダーレからの糾弾は終わったけれど、ヒロインのルートが分からないので、わたしの立ち居地をどうしていいか分からない。
「黒に近い濃茶のシルクサテンに淡く光る金のリボン。……アイザック殿下の色でしょう」
今更ながら、彼女のドレスに悲しくなってくる。このドレスを贈ったのはアイザック殿下なのだろうから。
「……私のドレス見て、哀しくなっちゃったんだって。ね、リンドナー様はアイザック様を想ってるって言ったでしょう?」
キナコ嬢の言葉に、感極まったような顔で頷くアイザック殿下。何その以心伝心っぷり、イラっとするなぁ。
「これね、殿下の色じゃないの。私の最推しのカラーだから!そこんとこ、間違えないで!」
黒に近い濃茶、淡く光る金。
攻略対象にアイザック殿下以外でこの2色で表せそうな人はいない。
……となると、攻略対象者以外……?
「……!あ!」
「アルクーメ公爵ではないと想いますわ、リンドナー」
口を開きかけたところを、キュリアに制された。違うのか。
「リンドナーって、ホント、鈍いよねぇ」
フレーミンが訳知り顔で笑う。
「さすがお二方。まだわかりませんか、リンドナー様」
サイドに垂らしていた一房の髪が目に留まる。
濃い茶の髪。黒に近い、父譲りの、わたしの髪。
「……もしかして、……わたし?」
「ぴんぽんピンポンぴーんぽーん!!私の最推しは、リンドナー・アルクーメ公爵令嬢でしたぁ!!!」
キナコ嬢曰く、ゲームビジュアルで「ど」ストライクだったそうで。アイザック殿下が好きすぎるあまり色々やっては失敗するダメダメっぷりが最高だった、とのこと。腐要素の話では、わたしの男体化(後天性、先天性どっちも)の人気があって、『買ったし書いたわぁ』、だそう。
「最初の無自覚かーらーのー、恋自覚。近くで見ると、益々!もうホント最&高でした。ご馳走様です」
至福!という顔で微笑まれ、これが嘘ではないことを理解する。
「で、でも、殿下のお心は……」
キナコ嬢の気持ちはわかった。けれど殿下はキナコ嬢のことを……
「僕はずっと、リンドナーだけだったのに、信じてくれないのかい?」
アイザック殿下は残念そうにそう言うが、全くわかっていませんでした、申し訳ありません。
「名前で呼んでもいいかと自分から聞いたのも、僕を名前で呼んで欲しいと言ったのも、君が初めてだ、リンドナー」
そう、アイザック殿下はずっとわたしに言ってくれていた。
でもわたしはゲームを知っていたから。婚約破棄されて断罪されるって知っていたから、辛くなる思い出は欲しくなかったから。
「『未来の神託』があるから、私をアイザック様の婚約者にしようって話があるのは知っていますよね。でもそれ、ムリなんで」
彼女の神託?は、ゲームのエンディングストーリーまでしかない、とのこと。それもその筈、神のお告げで未来を知っている訳ではなく、ゲームをやりこんでいるからストーリーの細部まで覚えてるってだけの話なのだ。
「しかも、多分私、近いうちにいなくなると思います」
突如として表れたヒロイン・キナコ嬢。
彼女は初めから、突然の異世界転移があるなら、帰還もありうると考えていた。
「エンディングが近づくにつれ、私を呼ぶ声が大きくなってきたんです」
断罪後は各攻略対象者別のエンディングとなる。今はエンディングの時間軸だ。
「それに、この世界に来て突然変わっていた髪と目の色が……」
先程まで見事なストロベリーブロンドだったキナコ嬢の髪が、天辺から明るい茶色になってきていた。
「見事な『プリン頭』でしょう?」
そう言って笑っていた。
「この世界に転移して、婚約者選びのお茶会に参加した時、初めてリンドナー様にお会いしました。覚えていますか?」
まだ淑女のマナーの欠片も整っていないキナコ嬢、よく覚えている。わたしのために準備されたであろうクッキーを、持って行こうとしていたの、忘れていないんだから!
「ゲームでは、『筆頭婚約者候補』のために用意されたクッキーを、ヒロインが間違って食べてしまうんですが、そこで悪役令嬢リンドナー様と初対決となります」
ゲームシナリオでは、突如表れたヒロインの存在にざわつく中枢部が、監視目的でヒロインをパルフェ伯爵の養女とする。異世界からの知識を持つヒロインを利用できないかと目論む一派が、婚約者選びの茶会にヒロインをねじ込み、悪役令嬢と一波乱。件についてクレームを入れた公爵家の圧力により、悪役令嬢が第二王子アイザックの婚約者となる、らしい。
「あそこで問題視されるくらいの行動を取らないと、私がアイザック様の婚約者にされちゃう流れになってしまいそうだったんです。ゲーム知識を披露し過ぎたのが原因ですね。慌てた私はゲームシナリオをかなり大げさに演じました。そうしたらリンドナー様がやって来て……」
「シナリオ通りのセリフを吐いたってことね……」
合点がいった。あの時彼女は、『ゲームまんま!』と言った。驚くほどシナリオ通りだったのだろう。
「あの時、私はまだリンドナー様が転生者だって知らなくて。シナリオ通りに進めて婚約者にさせた後、シナリオ外の行動でアイザック×リンドナールートを作ろうと考えてたんです」
わたしの周りに、キュリアとフレーミン、そしてキナコ嬢しかいなかったのは、キナコ嬢が手を尽くしまくった結果だそうだ。ゲーム内ではダーレ・ダッケ子爵令嬢以外にも取り巻き令嬢はたくさんいたので、骨が折れたとのこと。
「でも、リンドナー様は、シナリオ通りのセリフなのに、言い方が違ったんです。だから、あれ?って」
同じセリフでも、話し方、イントネーションが変われば印象がガラリと変わる。ゲームの通りに動かないわたしに疑問を覚えたそうだ。
「わたし、結構ヤな絡み方、してましたよねリンドナー様に。本当にごめんなさい。けど、本当はもっと早い段階でリンドナー様はアイザック様への恋を自覚する筈なのに、中々自覚してくれなくて、焦ってしまって……」
無自覚の恋でヒロインにイヤミを言い、自覚したら妨害いじめのオンパレードになる悪役令嬢が、中々恋を自覚せず困ったそうだ。自分の行動のせいで自覚しないのか、転生していると思われるリンドナーのせいなのか、探られていたそうだ。
「ゲームシナリオ通りのところもあるから、リンドナー様がアイザック様を嫌っていない、ということはわかっていたんですが、恋の確信と自覚イベントを発生させられず……」
途中までは、『こうなったらリンドナー総受けもいいかな!』と思ったこともあったそう。
……総受け?誰から?
「キュリア様とフレーミン様のナイスなアシストで恋を自覚された時は、アイザック様とハイタッチしました、ほんと」
殿下がそんな風に思っていたなんて、全く知りませんけれど。
「リンドナー様にお菓子をプレゼントすると、小動物みたいに可愛らしいと、攻略対象者に教えたのがバレた時は、死にそうになりましたが、やはりイチオシはアイ×リンです、私」
攻略対象者からお菓子がプレゼントされまくっていたのはそのせいだったらしい。あと、お菓子を持っている度アイザック殿下に睨まれていたのは、わたしではなく、お菓子だったそう。……まさか、え?え?え?
「あ、嫉妬ですよ、アイザック様の。だから、その場で貰ったお菓子を食べちゃダメですよ!って言いましたよね」
わたしはお菓子を食べていると、普段キツめな顔が、一転してとろけるような笑顔になるそうだ。当社比何倍かで笑顔だったかとは思うけれど……所謂ギャップというヤツか。
「リンドナーは、自分の笑顔の破壊力を理解していない」
ぶすくれた顔でアイザック殿下が口を挟む。
「初めて会った日も、お菓子を幸せそうに食べていた……」
アイザック殿下が突然語りだした。
どうしたんですか殿下、キャラぶれですか。それともゲームあるあるですか、これ。
「リンドナーは覚えていないかもしれないけれど、婚約者を決めるお茶会の一年前に、僕らは会っている」
わたしも一応公爵令嬢なので、昼間開催されるガーデンパーティーなんかにはお父様とお母様、歳の離れたお兄様と参加していた。その時に何度かお会いしていたそうだ。
「本当は、僕が10歳になったら婚約者を決定しなければいけなかったんだ」
殿下とわたしが婚約したのは殿下11歳、わたしは10歳だった。……年齢が合わない。
「アルクーメ公爵は、かたくなに婚約者候補となることを回避しようとしていた。理由は公爵から聞いたことがあるかな?そんな訳で、初め君は僕の婚約者候補じゃなかったんだ」
けれど、ガーデンパーティーでリンドナーを見かけたアイザックは、興味を持ったそうだ。
「完璧に小さな淑女だった君なのに、お菓子を前に、冷静じゃいられなかったみたいだね。幸せそうに、たくさんお菓子を食べていた」
……、あ、元々の『リンドナー』も、そんな感じだったのか。どうりで前世を取り戻してからも奇異の目で見られない筈だわ。
「パーティーで見かける度、君は幸せそうで。お菓子のためにミスしたり、失敗したり、可愛らしいなって、思ったんだ。一緒にいたら楽しそうって」
だから公爵に一年掛けてお願いし、陛下には婚約者の選定を先延ばしにして貰ったそうだ。『リンドナー』のために。
「君と目が合うと、どこかへいなくなってしまうから。だから、大規模茶会で話せた時、すごく、嬉しかった」
前世の記憶を取り戻してから初めてアイザック殿下とお会いした時だ。そんな風に思っていてくださったのか。
でも、それだと一つ、疑問が残る。
「わたしの一番好きなお菓子は、クッキーではありませんでした」
参加者のために選ばれたお菓子。それぞれに合わせた、特別のお菓子。わたしは自分のプレートにクッキーがメインで載っていた時、少なからず落胆したのだ。その後、クッキーが美味しすぎて、クッキーに罪なし!と思っていたみたいだけど。
「あれはね、僕が一番好きなお菓子だったんだ。乳母が作ってくれた、僕の一番、大好きな味」
自分の好きなものを、彼女はどんな風に食べるのか。どんな表現をするのか、楽しみだった。
一回目の婚約者候補選びの茶会では、他の令嬢に囲まれて、彼女がどんな風に味わったのか、残念ながら分からなかった。お菓子をたくさん食べていた、と報告を聞いただけだった。
大規模茶会であのクッキーがあると君に話すと、それはそれは幸せそうに、待ちきれないという顔をしたのが印象的だった。
クッキーの感想は、ヘルメス侯爵令嬢とウェッジウッド伯爵令嬢と話しているのを、通りすがりに聞いたらしいジバンシーが教えてくれた。曰く、それはもう情熱的に、恋する乙女のようだった、と。
「あのクッキー、とても、優しい味でした。緻密で繊細なのに、どこか素朴で……」
わたしのためのクッキーが、あのクッキーでなくなったのは、殿下の乳母が亡くなったからだそうだ。以降、たくさんのクッキーの感想を聞かれたけれど、表現の豊かさと、材料に関する知識……どこで生産されているのか、流通は……など、交えた考察を聞くのが面白かったのもあるそうだ。
……あれ?ってことは、アイザック殿下が熱望して婚約者候補に捻じ込まれたのよね、わたし。……つまり、その頃から殿下は既にわたしにメロメロだったって、こと……?
ニヤリ、と口角が上がり悪い笑顔になってしまった。油断すると悪役令嬢顔なので気を付けなければならないのに、ウッカリした。
侍女のサリーとメイドのリリーは昔、既に殿下はわたしに恋しちゃっているのでは?との予想に、『ハズレ』と言っていた。ふふふ、サリーリリー、あの予想はわたしの当た……
「あ、ちなみに。僕は初め、どうせ一緒に暮らすことになるのなら、小さな事で幸せになれるような可愛らしい精神の持ち主で、見てて飽きないなぁ~という気持ちになれる婚約者がいいなあと。しかもアルクーメ公爵令嬢だし、政略的にも相性いいなって」
「アイザック様、それは言わなくていい話です!!!今は恋と情熱を語る時間であって、最初から君が好きでしたって言っておけば万事解決、ほだされENDだったのにぃぃぃ!」
わたしの予想はやはりハズレだったようだが、殿下の言い分も物凄い。なんでそれ今言ったの。キナコ嬢が泣き崩れているのを他人事のように同情した。
「珍獣枠でしたか、わたし」
さすがにムッときたのだけれど、殿下はやはり腹黒枠なので『一目ぼれでした』とかなんとか言われるよりは説得力がある気がするのは、惚れた欲目なのだろうか。
「自分の領地のことや、経済のこと、農作物の生産者や職人の技術について、リンドナーはよく調べていた。僕がどのクッキーを持って行っても、君は流れるような歌うような解説をしてくれて、その上幸せそうに可愛らしく笑うんだ。興味を持たない方が変だ」
そう言って、わたしの手を取り、優しく笑う。
珍獣枠扱いからの、突然のデレ。腹黒枠は口説き方もギャップ攻めという、謎の戦略を立ててきやがる。……恐るべし。
「お勉強があんまり好きじゃないのに、よく頑張っていらしたのですよ、リンドナーは。もっとわかりやすく好意を伝えるべきだったと思いますけれど、殿下?」
傾国の美女を思わせるキュリアが、うふふふと微笑みながらも怒っている様子が伺える。
「まぁ、鈍すぎるリンドナーのせいでもあるけどね。でも、リンドナーが頑張っていたのは分かってらっしゃるのでしょう?」
超天才で妖精な可憐さのフレーミンが同情しつつも冷たい目線で殿下を見つめる。
「「ですから、わたしたちの大切なリンドナーを泣かせたら、承知しませんわよ」」
二人が声を揃えて言ってくれた。
「キュリア!フレーミン!」
そんな風に思っていてくれたなんて。わたしは自分のことばっかりで、周りが見えていなかったのだと反省させられた。前世で乙女ゲーをしていた頃、『ヒロインってなんでこんなにニブいのかしら。耳が遠くて目が悪くて人の心が分からないんじゃない?』なんて思っていたのに、自分がそうなってしまうなんて……!
「アイザック様の好意は少々……いえ、かなり遠まわしだったので、あんまり気にしない方がいいですよ、リンドナー様」
落ち込んでいたわたしにそっと声を掛けてくれるキナコ嬢。まじヒロイン!
「……わかった。ヘルメス侯爵令嬢を敵に回せば、貴女に懸想する多くの貴族が反王族になってしまう。ウェッジウッド伯爵令嬢を敵に回せば、この国の学術的発展が大いに遅れる。そんなことにならないよう、精進する」
「アイザック様、それだとお二人の力が怖いからって意味になってしまいますよ、ストレートに!」
アイザック殿下の近くにキナコ嬢がよくいらしたのは、この回りくどい言葉の要約係だったからなのだそう。対貴族ならコレでいいけれど、好きな人にコレでは……と頭を抱えたんだとか。
コホンと咳払いをし、殿下がわたしに向き直る。
「僕の隣で、ずっと幸せそうにお菓子を食べていて欲しい」
「……、はぁ」
「アイザック様、もう一声!」
アイザック殿下の言葉に、『わからない』と小首をかしげて演技をする。
多分言いたいことは『そう』なんだろうな、と思いつつも意地悪をしたくなる。だってわたしは悪役令嬢ポジションだったのだから。
キナコ嬢はそんなわたしをわかっているようだけれど、『スペシャルムービーを生で見たい』感が物凄い。ありがとう同士。
「……リンドナー。泣かせないよ、だからずっとそばにいて」
キュリアとフレーミンは、このやり取りを楽しそうに見ている。キナコ嬢は『アイザック様のもっとイイとこ見てみたい!』と掛け声を発している。巻き込まれた攻略対象者連は、『自分たちはなんでこんな砂糖まみれの寸劇を見せられているのか』とゲンナリしている。
なかなか直接的な言葉を言わない殿下にヤキモキしながらも、『鈍感なリンドナー』を演じ続ける。
絶対、ここで言わせてみせるんだから。
お覚悟ください、わたしの王子様!
回収できていない設定とか小話があるのですが、ひとまずここまで。
お付き合いいただきありがとうございました。
ご感想などいただけましたら、生きる糧になります。
誤字報告ありがとうございます!たくさん申し訳ありません、助かります。引き続き宜しくお願いします。




