思い出しました!
前世知識もあるのに全く生かせない、テンション高め、お菓子大好きあほの子な悪役令嬢が、ドタバタしながら恋するお話です。
ゆるっとふわっとした設定なので、気楽にお読み戴けたら幸いです。
それはささいなきっかけだった。
「あら、その真っ白で四角いケーキ。……まるで豆腐みたいね。」
うららかな日差しの午後のティータイム。メイドのリリーが切り分けてくれた白いクリームでコーティングされたシンプルなケーキをみて、わたしは呟いた。
「……ト、トー、フ?でございますか?ええと、それは……」
リリーが初めて聞いた言葉に首を傾げる。侍女のサリーとメイドのリリーはわたしが小さな頃からお世話をしてくれている、気の置けない二人だ。わたしの好みや趣味、今嵌っているものまで全て把握済みの彼女が首を傾げる。
「ええ?もう、リリーったら、豆腐よ、と……?」
甘酸っぱい香りが芳しいベリーのソースをケーキに掛けようとして、ああ、豆腐に醤油を掛けてる気分……なんて頭で思いながら、自分の言葉を反芻する。
……ちょっとまって。トーフって何?ショーユとは?????
心配げに見つめるリリーは、近くに控えているサリーを呼ぼうとしているところだ。どうやらわたしの顔色がすこぶる悪くなったらしい。
「お嬢様?リンドナーお嬢様!?いかがなさいました?」
リンドナー…。わたしの名前。メイドはリリーで侍女はサリー。めっちゃ「リ」が多いわね、関係者って思ったの、うん、覚えてる。
マジか、本当にあるのか、こんな事が。え、ちょっと待って、わたしリンドナー・アルクーメ公爵令嬢として今の今まで生きてきたわよね、10年間。……ってことは、いわゆる異世界転移……ではない。あと、夢でもなさそう。(残念ながら。)
つまり、何かの関係でわたしは死んで?それでここ、「フォーチュンクッキー運命の乙女~王子様がいっぱい!?わたしの運命は一体誰なの~」というなんともアレな乙女ゲーな世界に転生したってこと……に、なるのかしら?
話違うけど、昔はこういう男子落とす系のゲーム、ネオロマンス系って言ってなかったっけ?あー、でもネオロマより乙女ゲーの方が分かりやすいか、ギャルゲーとの対比にも調度いいし。あー、あの積みゲーやりたかったな。あのイベントクリアできたのかしら。新作報道のあったあの格ゲー、ちゃんと発売したのかな……。
わたしが転生に驚いたのは一瞬で、以降はゲーマー魂を思い出しひたすらあらゆるジャンルのゲームに思いを馳せていた。その間、デキるメイドのリリーと侍女のサリーは、わたしを私室に戻し、着替えさせた上にベッドへ放り込み、主治医に連絡し、お父様とお母様に報告してくれていたそう。ホントありがとう、二人のおかげで妄言呟く様を見た人物は最小限になったわ。
さて、転生だ。お約束の『このゲームどんなだっけ?』を考えなければ。
ところで小説なんかで見かける転生もの、みんなちゃんとゲームのこと覚えてて本当に偉いと思う。危険回避や対策、キャラ攻略、ちゃんと覚えてて本当に尊敬する。……なんでそう思うかって?ははは、わたし自分のキャラの名前とゲームの名前出てきたくらいで、あとは好きだった日本の食べ物のことしか思い出せていないからさ……。しかも、料理チートよろしく作り方とか披露して……ってこともムリだと思う。お母さんにおんぶにだっこだった家事、勉強全般中の下だった成績を考えるに、スーパーに売ってるアレをいい感じにお母さんが料理してくれたら美味しくいただけますってホントごめんなさい。お母さんが口をすっぱくして『何かあった時に困るんだから、お手伝いして覚えておきなさい!』って言ってくれてたのに……、後の祭りね。
ゲーム詰め込みすぎたかな……、違うゲームの隠しコマンドとか思い出しても、今全く役に立たない……。好きだった格ゲーの隠しキャラ出現コマンド↑A↓B→C←Dでなんとかならないかな……、Aボタンどころかコントローラー存在してないけど。
突然わたし転生者なんです☆なんて言われても、みんな『頭おかしくなったのかコイツ』としか思わないだろうから、なんとか適当に誤魔化しました。昨日読んだ遠い異国の本に、それっぽいことが書いていたので、それを思い出したって事にしました。良かった、リンドナーが読書家で。日本のゲームだからなのか、西洋風な世界観でも至るところに日本の形式は反映されてるし、たしか続編で日本っぽい和風な王子もいたから違和感もギリギリなんとかなった……と、思いたい。和風なもの輸入されるの、その王子が出てくる続編以降だったのを思い出して冷や汗かいたけれど。
……大分話がそれたわね。そうそう転生、ゲームの話。たしか『わたし』は、このゲームのいわゆる悪役令嬢だった、はず。キツめな瞳がその証拠だし、何より公爵令嬢っていうポジションがね、ほぼ確定でしょ。主人公の女の子のことやイケメンヒーローのことが全く思い出せないけれど、おそらく悪役令嬢たる『わたし』の婚約者がメインヒーローで、テンプレなストーリー展開ならば、断罪イベントからの婚約破棄~そして没落へ……みたいな、そんなルートなんでしょう、覚えてないけど。
そこまで考えて、そういえば先週、我が国の第2王子妃候補者選定イベント行ったっけなー、と思い出した。何か第2王子に関する重大フラグあったっけ……?7人の妃候補を10人の側近候補と顔合わせして、王宮第2庭園でお茶をいただきお菓子を食べたことしか覚えてない。側近候補がヒーローである確立高かっただろうに、王子含めて顔を覚えていない……。リンドナー、わたし、何してたの。なんとなく気付いたんだけど、『リンドナー』は転生前のわたしに影響されてなのか、もともとの設定がそうさせるのか、お菓子に目が無い。キラキラなお菓子たちを前に、王子や側近候補たちに目を向ける余裕が無かったっけ、とおぼろげに思う。
ゲーム開始時期も分からなければ、攻略対象もヒロインも分からない。フラグも分からないけど、多分ざまぁされる予定なわたし。はぁ、これから先どうしよう。
でも、一つだけ言えることがある。今わたしの魂が叫んでいる。
「婚約者に蔑ろにされて断罪って、めっちゃ理不尽でしょう、わたし!」
この魂の叫び、誰かに聞かれるとマズイので、ふっかふかな羽毛布団(っていう名前でいいのかしら……)の中に頭まですっぽり潜り込んで、これまたふっわふわな超高級感ある枕(高級なベッドメイクって、なんでこんなに枕あるのかしら?頭は一つなのに)に顔を押し付けて叫んだものである。
叫んで少しは気が晴れた……なんてことはない。むしろ冷静になって、その後怒りが込み上げてきた。この理不尽、何とかしてやろうじゃない。まだ婚約者決まってないけど、どうせ婚約破棄されるなら、婚約者にならないようコソコソ回避行動取ってあげるなんて癪に障る。だったらわたしは、相手に惚れさせて、こっちからこっぴどく振ってやって、ヒロインに熨し付けてくれてやる!を選びたい。
「うふふふふ、お覚悟ください、王子さまぁぁぁ!」
おーっほっほっほっほー!と高笑いを枕に浴びせかけた。うん、誰も聞いてないことを願おう。
ふつふつと湧き上がる怒りエネルギーと、ぶっ壊れ気味な思考でそう結論付けたわたしだけど、この思考を冷静な誰かが聞いていたら絶対に『婚約をお断りすればいい』って言うだろう。それが無理そうなら、『違う婚約者をさっさと立てろ』が最善の解決策だと言うに違いない。
でも、この思考の底には冷静な誰かは存在しない。ええ、わたし、直情型であさはかなテンプレ悪役令嬢脳だったの。このことに気が付くのは、もっとずっと後の話。
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リハビリがてらゆるふわ設定でお送りしております。
悪役令嬢ものを書いてみたくて頑張ったんですが、難しい……
矛盾点や誤字脱字ございましたら、指摘いただけると助かります!
7時、16時、20時に更新予定です。
数日お付き合いください〜