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前編

スラムだとかホームレスってのは、どんな先進国とやらにもある問題だ。

 どこかの共産主義国でもない限り、俺達みたいなスラム暮らしの連中は出てくるだろうからな。

 夢破れ、堕ちるところまで落ちた連中。

 かく言う俺も、その一人になっちまった。

 この状況を「マトモな手段」で打破できる人間なんてのはそういねえ。

 つまり、俺達のように真っ黒な方法を取らないと出られない奴の方が多いってことだ。


「いいか、これから作戦を説明する。」

俺達の中でただ一人、「家」に住んでるこのブロンドの髪をしたハンサム男、ジム=アインズはガタガタの机に薄汚い紙を広げた。

「おいおいジム、マジでやる気か?」

「ハッター、話を遮るな。」

「おっと、そこのチキンボーイと一緒にトゥーバも逃げ腰か?」

ジムに食ってかかったのはトゥーバ=ハッター。スラム暮らしが長い、ダークブラウンの髪につり目の男だ。そのトゥーバをからかうのは、ガンド=フォムレイ。グレーの顎鬚をつけた男前。どこかからかくすねた銃が古い革ジャンから少し見えちまってるが、まあいい。

「チキンじゃねえし。」

チキンボーイと呼ばれて口を尖らせているのは、青い目の最年少カーチス=ベルツ。

「それより、今はケンカしないで、話を聞こう。」

仲裁するのはビリー=カナビル。錆びた鉄よりも暗い赤をした髪で、スラム住人としてはトゥーバの次に長い。

「ビリーは黙ってろよ、空っぽの頭してるんだから。」

「ご、ごめん…ベルツ。」

俺達が揃って何の相談をしているかというと、スラム暮らしを脱却する手段について。

 つまりは大金を手にするために、何をするのかってことだ。

「結論から言おう。銀行に押し入るんだ。」

「だぁから、無理に決まってんじゃん。サツに追われるのはマジ勘弁しろっての。」

「さっきから言ってるだろ、オレもカーチスと同意見だ。上手くいきっこない。」

カーチスとトゥーバがブーイングを挙げるのも当然だろう。

 俺だって、ジムの無茶な言葉に不満がない…ってわけじゃない。

「俺は構わないぜ。どうせ失うものは、もう何もないんだからな…ビリーは?」

「おれも、フォムレイと同じ。それに…アインズの頭がいいの、知ってるから。」

全員の意見が出たところで、ジムが俺達を見回す。

「反対したい気持ちも分かる。私だって犯罪に手を染めたくはない。だが、他にもうこの状況を打開するような金を得る手段がない。日雇いの小銭じゃ、生活で手一杯だ。」

まあ、そうだろうな。「マトモな手段」はやっても雀の涙となりゃ、リスクが高すぎようともでかい利益が出ることをやるしかない。

 どんなことだろうと、やらなきゃ状況を変えることはできねえんだからな。


その週の金曜日の日暮れ、銀行にジムがいた。

 流れはこうだ。

 スーパーの駐車場でエンジンかけっぱなしのボンボンからちょいと車を拝借し、運転手ビリーが五人を乗せて、ジムが指定した銀行の監視カメラの死角になる位置に車を停める。

 学校が少なく、会社もまばらなこの地域では、まだ明るい時間帯でも人がいない。

 真っ黒なキャップを被り、サングラスをしたジムは、スーツケースを片手に銀行に入って中の様子を確認する。同じくキャップやハットで顔を隠したトゥーバとガンドが車から出て、仲良くスーツケースを転がして会話しているフリをしながら、銀行に近づく。

 ビリーとカーチスは車の中から周囲の人間を観察して待機する。

 人影はない。

 午後四時になろうかという頃だった。

 銀行が白煙に包まれる。

 合図だ。トゥーバとガンドの突入に合わせ、ジムは発煙筒を追加する。

 融資の相談にでも来ていたのだろうか、二、三人の客らしき悲鳴が上がった。

 元工学関係にいたというジムが、奥の部屋にある金庫に爆弾を仕掛けている間、残りの二人が白煙に紛れてジムのスーツケースにカウンター内の札束を詰めていく。

 乾いた音、悲鳴、怒声。

 数秒後、くぐもった爆音が響いた。

 三人総出で金庫の中身をそれぞれのスーツケースに詰めこ込んで、爆発から五分とかからない内に、顔を隠した三人は銀行から飛び出した。

 ジムは正面から、ガンドは周り道をして、トゥーバは裏口を使って車まで走る。

 辛うじて煙の中監視カメラが捉えた絵面があったとしても、三人はバラバラの方向に逃げたように映っているという寸法だ。

 監視カメラから離れた場所まで移動した三人を、ビリーが回収する。

 これで仕事は成功した…はずだった。

「おい、どういうことだ。」

ジムの顔には不服そうな表情がありありと浮かんでいる。

「トゥーバ、あんた何してんだ!」

カーチスも茶髪をかきながら声を荒げた。

「ど、どういうことだよ⁉」

「静かにしろ、カナビル。ハッターが人に害を加えたんだ。」

トゥーバの所持しているバタフライナイフには、べったり血がついていやがった。

「そう言ってもよ、融資に使う金だとか言って、向こうが邪魔したんだ。」

「殺しは許さんぞ、ハッター。」

殺してねえし。トゥーバが吐き捨てる。

「フォムレイもだ。一発撃っただろう。」

「ジム、俺らはカウンター内の奴さんとやり合ってたんだぜ。あいつらも金を奪われまいと必死に抵抗しやがる。」

「通報ボタンを押されたらサツが来ちまうんだからよ。防ぐために、仕方なく手を刺したんだぜ?」

ガンドとトゥーバの反論にも、ジムの硬い顔は崩れない。

「何の罪もない人間を殺すのは、どんな馬鹿にでもできる。方法が違うだけで、無能な政治家にも可能なことだ。」

このハンサム男は、スラムの住人に似合わず律儀で真面目だった。何でこんなとこに来ちまったのか…。

 いや、俺が言えた義理じゃないな。


車は丹念にカーチスが掃除をしてから、適当な空き店舗の背後に乗り捨てた。

 金の入ったケースはというと、まだ怒りが収まらないジムがさっさと持って行ってしまった。

「あーあ、オッサン二人が余計なことすっから、ジムの奴マジで怒ってんじゃん。」

「うるせえぞカーチス!じゃあお前がアレなだめてみろってんだよ!」

「ベルツも、ハッターも、ケンカは止めろって。」

ビリーが割り込んでみるが、邪魔するなと一蹴される。まあそうだろうな。

「やめとけよ、ビリー。あんな血の気の多い奴らは放っておけ。」

「あ?おいガンド、もういっぺん言ってみろ。」

スラムでは喧嘩なんて日常茶飯事だ。

 俺達がここで喧嘩しようと、気に留める奴はいねえ。

「おい、何をしている。」

このハンサム男を除いては、だがな。

 全員、引きずられるようにジムの「家」に連行されてった。

 古い木造の一戸建て。一般家庭からすりゃ貧相なあばら家だろうが…俺達にとっちゃ、テントや橋の下じゃねえ立派な「家」だ。

 どうやって手に入れたんだか。

「なあジム、金はどこやったんだ?」

「山分けの約束だろ?」

「まあ待て。金はほとぼりが冷めるまで隠しておこう。」

ジムの一声で、空気が変わる。

「ふざけんなよ!オレらはここの毎日が辛いから、お前の作戦に乗ったんだぞ!」

「お前が金を隠すのは勝手だが、俺らの金は渡してもらうぜ。」

「アインズ…嘘ついたのか?」

「マジかよ、サイテーじゃん。」

不満は当然噴出した。

「待て!話は最後まで聞け!」

ジムが机をバンと叩く。脚の高さが違う机はガタンと揺れた。くすんだ薄っぺらい絨毯があっても、音はよく響く。

「銀行から盗んだ金だ。すぐ使えば足がつく。しばらく隠す必要がある。」

奴の言い分ももっともだ。

 もっともだが…俺達は明日どころか、今日すら危ういのだ。

「ちゃんと山分けはする。だが、少なくとも今日は駄目だ。明日また話し合おう。」

結局、舌打ち、あるいは愚痴を呟きながらお開きとなったのだが、ジムは何故か俺だけを呼び止めた。


他の奴は全員帰っているぞ。

「君に釘をさしておこうと思ってな。」

釘?

「君は強欲だ。演技で上手く立ち回っているつもりだろうが、正直、私は君を一番信用していない。」

…本当に正直な男だ。本音など隠しておけば良いものを。まあ、だからこそジムという男は信用がおけると思っているんだが。

「それはありがたいが、私は君にその信用を返すことはできない。だからといって、別に君の分だけ減らそうとは考えてないから安心してくれ。」

もしそうなったら、殴るどころじゃ済まないぞ。

「…冗談には聞こえないな。」

当たり前だ。

「全員に均等に分配するよ。三千万だ。一人当たり六百万はいく。足がつかなければ、の話だが。」

サツに捕まれば、報酬もおじゃんだからな。

「だからこそ、今は金を使わずにいるつもりだ。」

で、その金はどうしたんだ?

「やはり君は強欲だな。私は金を隠しておこうと言ったっだろう。持ち逃げはさせない。」

場所ぐらい教えろよ。

「君は間違いなく持ち逃げする。教えるわけにはいかない。」

俺を強欲というが、あんたの方が強欲じゃないか。

「私は独占せず、正確に分配する。今じゃないだけだ。何度も言わせるな。」

分かった、今日のところは引き下がろう。どうせ吐かないだろうしな。

「君が賢くて助かる。では、また明日に。」

そん時こそ頼むぜ。

「君も強欲になり過ぎるなよ。身を亡ぼすぞ。」

俺は欲があるから生き延びてるんだよ。無欲じゃ死ぬだけだ。

「…そうか、人の思想には口出しするものじゃないようだな。」

互いにな。

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