ウブな先輩女子×不安な後輩男子
高校の帰り道。
僕はある女の子と二人並んで歩いていた。
「先輩もあんな大声で呼ばなくてもいいじゃないですか」
僕は不満をあらわにして抗議する。
「あはは、ごめんごめん。そんなに嫌だった?」
「嫌っていうか、その、恥ずかしいんですよ」
「えー、いいじゃん。だって付き合ってるんだし」
「……それはそうですけど」
僕の困った顔を見てにかっと笑う少女――ユイ先輩は僕の彼女だ。
背は小柄な僕と同じくらい。揺れるショートカットが可愛らしい。
彼女は中学からの先輩で、一つ年上のお茶目なお姉さんという印象だった。
中学の時は僕の片思いだったけど、この春に恋人同士になった。
ついにあこがれの先輩と付き合えたことはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、先輩は中学のころと同じように接してくる。
それがちょっと不満というか、本当に僕を好きなのか不安だ。
僕のことをどう思ってるんですか、とかユイ先輩本人に聞けるわけないしなあ。
そういうのって気にしすぎるとかっこ悪いし。
というわけで僕たちは付き合ってはいるものの、関係自体は進展していない。
「ねえハルト、今日駅前にできたカフェに行かない?」
「そうですね。行きましょう」
「よーしそれじゃあ駅前に出発だー!」
そう言って僕の肩に手を回すユイ先輩。
彼女からふわりと花のような香りがする。
「うおっ」
いきなりで驚いてしまった。
ユイ先輩は付き合う前もよく僕の肩に手を回してきた。
中学の時と変わらない態度にがっかりするけど、触れられるとどきっとする。
複雑な気持ちのまま、僕はただ顔を赤くするのだった。
駅前のカフェにやってきた僕たち。
店内は落ち着いた雰囲気でゆったりとした音楽が流れている。
僕たちのほかには数名の女性客がいるのみだ。
「ねぇ、それ一口ちょうだい」
ストローをちゅーちゅーと吸っていた先輩は僕の頼んだ焼きプリンを指して言う。
「あ、はい。どうぞ」
プリンの器を差し出す。
すると、ユイ先輩は僕の手からスプーンをひょいと奪う。
それでプリンをすくい、口元へ。
「え、あっ、ちょ」
止める間もなくスプーンは彼女の口の中に入っていく。間接キスというやつだ。
否が応でも彼女の唇に目が行ってしまう。
「はい、ありがとね」
ユイ先輩は何事もなかったかのようにスプーンを僕に返す。
間接キスということなどまるで気にしていない。
……彼女だったら、ちょっとくらい意識してくれてもいいのに。
「どうした? 食べないの?」
「いや、食べますけど……」
返事がぶっきらぼうになる。
僕だけがこんなに意識してバカみたいだ。
いつも思う。
先輩にも僕を彼氏として見てほしいと。
でも現実は僕の思うようにはいかなくて。
二人の想いには差があって。
これからも僕は、その差を感じるたびに苦しむのだろう。
付き合っても関係が変わらないなら、付き合う意味って何なんだろな。
スプーンをぼーっと見つめながら考えていると、先輩がピンと来たような顔をした。
そしてニヤリとする。
「えーもしかして、間接キスだってこと気にしてる? もう、わたしたちの仲なんだからそんなことくらいで――」
「そんなことって何ですか」
「え」
「先輩にとっちゃそんなことかもしれませんけど、僕はそう思えないです」
「あ、ごめん怒らせちゃった?」
「怒ってないです。というか嫌なんです」
「な、なにが?」
「僕が……僕ばっかり、先輩のこと好きだから」
つい口をとがらせてしまう。
「えっと、それってどういう」
「だから、僕ばっかり先輩のこと好きなんじゃないかって不安なんです!」
ダメだと思いながらも、一度こぼれた言葉は止まらない。
「ちょっと、声大き――」
「好きで好きでしょうがないんですよ。かわいい笑顔とかきれいな声とか見た目とか仕草とかもう全部! 大好きなんです!」
「へあっ!?」
「さっき肩に手を置かれたときもめっちゃドキドキしたし、だめなんですよ。僕ばっかり意識して。はあもう嫌だ」
鬱屈とした気持ちになる。
ああ嫌だ。
こんなことで嫌になる自分が嫌だ。
それを先輩本人に言ってしまうのも嫌だ。
僕がうなだれて頭を抱えていると、くいと袖を引っ張られた。
正面を見ると、ユイ先輩がリンゴのように顔を真っ赤にしていた。
「……そんなこと、ない、よ?」
頭から湯気が出ている。
彼女の照れた顔を見た瞬間、僕の暗鬱な気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。
「あ、あたしも……ハルトのこと、す、好きだし。」
か、か、か。
「か、かわいい」
「え!? あ……うぅ」
先輩は恥ずかしさで顔を伏せた後、恐る恐るといった様子で口を開く。
「あ、あたしもハルトと付き合えてめっちゃうれしかったんだけど、いきなり彼女っぽくするのもどうかなと思って。ずっと、我慢してた。」
もうやばい、可愛すぎる。
「めちゃくちゃかわいい。好きですユイ先輩!」
「え! え!?」
「先輩、ほんとに大好きです」
「や、やめて! それ以上言わないでぇ!」
僕のちっぽけな不安なんてどうでもよくなった、いつもの放課後だった。