第32話 魔の手
20XY年 8月13日 地球連邦国 大統領官邸
ワルサー民衆国の首相と官房長官の暗殺成功はすぐさま大統領官邸へと伝えられた。
「危なかったな。メディア各社に通達される前で良かった。」
クリーンはほっと胸を撫で下ろす。
「嗚呼、フィフスス同盟圏の事が明るみになれば経済損失がどれだけになるか。国民の不安は計り知れなくなる。そうすれば、暴動や労働力の低下は否めなくなる。ワルサー民衆国は我々の国益を損なおうとした。その代償であるからな。」
「少し強引ではあるがな。」
クリーンは目を擦る。
「確かにな…。これはしょうがない。これは国家機密だ。それを知らなかったとはいえ、我々にとっては関係がない。」
「とりあえず、フィフスス同盟圏の機密は守られた。」
クリーンと釧路は力強く窓の外を見た。
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ダルケル歴 461年 8月14日 ワルサー民衆国 首相官邸
パシャッパシャッ
前時代的な魔導カメラのフラッシュが臨時首相と臨時首相官房長官に焚かれる。
「えー、昨日に首相と官房長官が亡くなりました。」
記者達がざわめく。
「どのような死因で?」
記者の1人が質問をする。
「首相と官房長官の遺体が官邸内に残されており、検死官は事件性は低いと考えています。首相は自殺、官房長官は転落事故と警察は断定しています。そして、今回の事件を受け、次回の選挙戦まで臨時で首相を務めさせていただきますウール・シャベレーと官房長官を務めるチョイス・フレーバーです。」
パシャッパシャッパシャッ
この紹介でさらにフラッシュが焚かれた。
地球連邦国大使館 第4執務室
『これからもこの国を変えるべく尽力しますので宜しくお願い致します。』
ウールとチョイスの姿がホログラムで投影されている。
これは、大使館特殊部隊の1人が撮影したリアルタイムの映像だ。
そして、それを見ていたのは…大使では無かった。
黒のスーツに黒いネクタイ、黒い革靴に黒い腕時計。
全身が真っ黒であった。
その男の名は、キャバレー・シュート。
地球連邦国外政特殊部隊統括主任という長ったらしい名前の代理で各大使館特殊部隊を調査しに現れたのだ。
彼は大使館特殊部隊の振る舞いや行動、言動を評価し、最終日には減点方式で点数を決める。
彼は大使館特殊部隊の調査に16年間勤め上げている。
「そこまで酷くはないが…固まりすぎだ。」
キャバレーは現在進行形で記者の振りをしている特殊部隊員を評価する。
「ハッ!一般人のように言い方は悪いですがグダグダとしろということでしょうか。」
ワルサー民衆国支部大使館特殊部隊長のチョリル・カドラー1等陸佐だ。
「ご名答。これでは勘の良い奴ならバレてしまう。カメラやフラッシュは焚いているがバレてしまう可能性がある。」
「ですが、皆写真を撮る事で精一杯なのでは?」
「大半はな。大半はそうだが、たまにベテランが混ざっている時がある。ベテランの記者ならバレてしまうかもしれない。何年も記者として勤め上げているのだ。少なくとも違和感を覚えると私は思うがね。」
キャバレーはホログラムから目を離さずに言う。
「まぁ、この事を察する者は数少ない。だが、再教育を頼むよ。首相と官房長官の暗殺はとても良く出来ていたよ。だがね、隠密機動軍と比べてしまわなければだが。」
「感謝します。隠密機動軍は私でも全く及ばない事は分かっています。」
キャバレーの言った隠密機動軍とは統一前のスペツナズやデルタフォース、CIA等の情報機関や特殊部隊の最優秀成績者のみが所属している合格率0.0006%と言われる超人達の集まりだ。
彼等を知る者達は誰しも人間では無いと言う。
人間離れした肉体や思考、言動に挙動。
全てが人間では無いと思われる程だ。
だが、人情深い者も居る。彼等は隠密機動軍の中では異質の存在だ。
隠密機動軍では、国の忠誠が第1となっている。
彼等のモットーは『どれだけの命を失わずに作戦を実行する』というものではなく、『どれだけの命が失われようとも作戦は実行する』というものである為、彼等がどれだけ異質なのかが分かるだろう。
「話が変わりますが、隠密機動軍の活動を最近聞きませんね…。」
チョリルは口に指を当てながら言う。
「何を言っている。隠密機動軍は365日活動している。この国が滅ぶまでな。」
キャバレーは淡々と言った。
「隠密機動軍は人知れず活動をしている。もしかしたら、外国で出会う地球連邦国人の民間人は隠密機動軍人かも知れないな。」
「そ、そうなんですか…。」
チョリルは納得した。
「今回の採点は100点中85点。及第点といったところか。次回の調査では更に精進しておくように。」
キャバレーはそういうと去っていった。
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同時刻 地球連邦国 トロント 3丁目 第15通路
北アメリカ大陸北部最高の栄華を誇るトロントは旧カナダでも有名な観光地であった。
シューーーーーーッ
何千もの自動電気自動車が走り、警備ロボットが日常的に警備している。人々は笑いながら歩いている。
もうすでに深夜0時と言うのに光が消えているところはない。
まさに眠らない街であった。
そんな巨大都市にこれから起こる大事件の魔の手が迫っていたことはまだ誰も知らなかった。
『クククク…火祭りに上げるぞ。』
黒いローブを纏った男は言った。
『これは、まだ狼煙だ。他の奴らは不甲斐ないな。これ程の蛮族にやられているようでは甘い。』
紺のローブを纏った女は言った。
『嗚呼、この都市を破滅させる。』
白いローブを纏った男は言った。
後に8.14事件として名を馳せる3人の悪魔は一斉に闇夜に散っていった。