第2話 戦闘
シュメール王国海軍 第2艦隊 旗艦「シュルベルト」
船内は大騒ぎであった。突然現れた1機の”ワイバーン”に皆が度肝を抜かれていた。
「なんという加速…ッ!なんという機動…ッ…!あれは、何者だ!?」
「哨戒中のワイバーンから通信!『あれはワイバーンではない、そして明らかに生物ではない。』です!」
「新種のワイバーンでは…ないのか。生物でなければ…」
「列強の偵察機…でしょうか?」
列強国、それは9つの大国によって構成される。列強国であることは、この世界において最強を意味し、経済・文化・軍事において世界の最先端をリードしている存在だ。
シュメール王国はかねてより列強国入りを熱望していた。そして、つい最近、列強の一角であるデュガード連邦から連絡があり、今回転移してきた国家を制圧すれば、シュメール王国の列強国入りを推薦すると告げられていたのだ。
「おそらくデュガードのところだろう。この戦、絶対負けてはならぬ。」
中将は拳を強く握りしめると単眼鏡を左目に当てた。
「つ、通信が…ッ!?…な、何者かに干渉されています!」
通信士が不安そうに中将を見つめた。中将は通信士のもとに近寄ると音声が流れた。
『こちらはデュガード連邦空軍所属機である。貴艦らに告ぐ、上空を飛行している機体は我が方の機体ではない。繰り返す、我が方の機体ではない。』
全ての通信がジャックされ、艦内中に響き渡った。突然の出来事に乗組員たちの身体は硬直したままだった。
「わ、私はシュメール王国海軍第2艦隊司令のファイル・アップ中将です。ご協力に感謝します。」
中将はすぐさまデュガード連邦との専用通信チャンネルを開くと焦ったように言った。
『礼はいい。それと、飛んでいる敵機はあと1。そして、前方から8隻で構成されている敵戦隊が接近中だ。7隻は戦闘艦、1隻は超大型空母といったところか。貴様らの持つ空母の2倍か3倍はある。」
「そんな空母が…ッ!?…我が艦隊は2個航空隊しか保有していないため…」
『援護が欲しい…と?』
少し強張った声に中将は震え上がった。
『それは認められない。大統領は貴国が単独で敵国を制圧することを望んでおられる。我々ができることはここまでだ。健闘を祈っているぞ。』
通信機器が解放されると、中将は深く椅子にも座り込んだ。すると、近くに座っていた参謀が駆け寄ってきた。
「司令、敵はたった8隻。そして、現在飛行中の敵騎は2機。いずれも偵察騎と思われます。たとえ攻撃してきたとしてもたかが2騎です。直ちに攻撃を!」
「わかった。航空隊は直ちに出撃!敵偵察騎を撃墜せよ!我が艦隊は敵艦隊に向けて転身!急げ!」
第2艦隊 空母「ストライダー」 甲板上
甲板上を駆けまわる騎兵たち。彼らはシルバーの装甲服に身を包み、腰には短刀が下げられていた。それは、まだ騎兵が空ではなく馬で陸を駆けていたときの名残であった。しかし、外見こそ騎士そのものであるが、装甲服はワイバーンの高機動性に対応して極めて高い対G性能が備えられていた。
甲板にずらりと並ぶのは12騎のワイバーン。既に騎兵は搭乗していて、あとは順番に飛び立つだけであった。
「安全装置解除!カバーを外せ!」
ワイバーンの口元に取り付けられた防火マスクが取り外されるとワイバーンは勢いよく吠えた。
「カタパルト固定よし!」
「全騎発艦用意!若番から飛び立て!」
隊長の呼びかけに隊員たちは次々に飛び立っていった。そして、最後に飛び立つのは隊長騎。
「こちらジャック、発艦する。」
隊長騎はカタパルトによって勢いよく空中に吹き飛ばされると、ワイバーンの手綱を目一杯引いた。
『こちら司令部、直ちに敵偵察騎を撃墜せよ!』
「んなことわかってるよ。なんなら無傷で持ち帰ってやる。」
『戯言はいい。殲滅あるのみだ。』
隊長は微かに笑みを浮かべると騎首を北西に向けた。三角形の陣形を取りながら飛行する航空隊は地球連邦機に向かった。
一方、第1ステルス艦隊の偵察隊はというと…。
「12機の機影を確認。こっちに向かってくるぜ。」
「上を飛んでるヤツのせいだな。」
「こちらモニター1、攻撃の是非を問う。」
『こちら司令部、相手が攻撃してきた場合にのみ反撃を許可する。』
「モニター2、俺は編隊左翼から攻める。お前は編隊右翼から攻めろ。」
「オーケーバディ。」
機体を変形させてスラスターを噴射、数秒で方向転換したF-666スーパーセイバーはアフターバーナーを全開にした。轟音と衝撃波を置き去りにして機は向かう。
その時間、到達までおよそ20秒。
地球連邦国海軍 第1ステルス艦隊 「マイケル・モンスーア」 CIC
艦隊の最前列にいる艦、「マイケル・モンスーア」。その任務は未確認艦隊に突入し、万が一のときは身代わりになる、というものであった。
「未確認艦隊が転身、こちらに向かってきます。」
「ほぅ…転身したこちらを察知したか。」
艦長はそう言うと顎に手を当てた。
「上空を飛行している未確認機はどうだ?」
「速度、高度、進行方向に変わりなし。」
上空を飛行するただ1機の航空機。F-666スーパーセイバーと同程度の高度限界を飛行するソレはまさに不気味そのものであった。
「敵艦隊視認しました。艦砲の射程圏内です。」
「まだ攻撃はするな、引きつけろ。だが、相手が攻撃の素振りを見せれば、すぐに攻撃しろ。」
NO SIGNAL
突然途絶えた映像。それは、今まで映像を送信していた無人偵察ヘリコプターが撃墜されたことを意味する。
「全兵器の使用を許可!直ちに攻撃せよ!」
単装155ミリレールガン2門が火を吹き、VLS 80セルが煙を吹いた。
ダッ…ダッ…ダッ…
小気味良いリズムで放たれる155ミリ砲弾はいとも簡単にシュメール王国海軍主力戦艦の装甲を貫いた。
ドゴゴォォォッ!ドゴォッ!!!
レールガンでは過貫通で仕留められなかった敵をRGM-188 ストームホークが撃破した。極超音速ミサイルであるこのミサイルはワイバーンや対空火器を一切寄せ付けずに着弾した。
「空中に多数の機影を確認!」
戦闘が始まったことで空母からワイバーンが離陸した。
「対空戦闘、始め!」
ドンッ!ドンッ!ドォンッ!
ガガガガガガガッ!ガガガガガガガッ!
空中では対空ミサイルによって次々とワイバーンが撃墜され、残った敵はCIWSや対空レーザーによって墜落していった。シュメール王国海側の前衛艦隊は全滅、航空戦力は壊滅状態であった。
しかし「マイケル・モンスーア」単艦だけでは流石に第2艦隊全ては対処できない。いずれ、接近されて艦砲を雨あられと受けることになる。そうなれば、装甲もろくに施されていない地球連邦艦はすぐに沈んでしまうだろう。
だが、彼らには味方がいる。
『こちら航空隊、直ちに加勢する。』
空母「ジェラルド・R・フォード」から発艦したF-666 スーパーセイバー、総勢45機。3本の電磁カタパルトから即座に飛び立った彼らは積めるだけの武装を全て装備してきていた。
F-666 スーパーセイバー、ビーストモード。
普段はステルス機であるため武装は全て格納されている。だが、この状況は違う。対艦ミサイルだけではない。航空爆弾のクイックシンクや魚雷から外付けのロケットポッドを搭載した機体まで。
「クッソ、ありったけの装備を積んできたらイマイチ速度がでねぇや。」
「そりゃそうだ。早く荷下ろしを済ますぞ。」
放たれる対艦ミサイルの嵐と魚雷、航空爆弾は一気に第二艦隊の左舷と右舷に配置された艦隊を殲滅した。
バシュッ…ドゴゴォォッ!!ドォン!
バシュッ…ドゴゴゴォッ!!!
そして、攻撃から運良く逃れた船をロケット砲と機関砲が襲った。
旗艦 「ジェラルド・R・フォード」 CIC
「残存している敵艦隊、残り12隻。どうしますか?」
「攻撃を続行せよ。だが、旗艦と思わしき大型艦には手は出すな。」
無人偵察機から送られる映像には爆発、炎上した敵艦隊。そのほとんどが海の藻屑へとなった。海上には多くの敵兵が船の瓦礫に捕まっていた。
「偵察隊より通信。敵編隊全機撃墜、とのことです。」
「よし、偵察隊をアイツに接近させろ。」
司令は顎に手をやると考え込むように唸った。
「偵察隊、未確認機の左右に張り付きました。」
「映像、転送されます。」
モニターに表示されたのは1機の未確認機。全長は28メートル超、全幅35メートルと中型機に分類されるサイズであった。
「UFOとは違う。だが、あれは間違いなく地球のものではない。」
細長い機首に平べったい胴体、鋭い形の前進翼、尾翼は取り付けられていなかった。ハードポイントには何も懸架されておらず、武装は何もないように見えた。
「戦闘に参加するわけではなくただ見ているだけ。敵艦隊の間ではしょっちゅう通信が飛び交っているのにも関わらず、あの機体とは1回しか通信が行われていない。」
「撃墜しますか?」
「いやいい。アレからはあの敵とは違う何かを感じる。下手に戦いを挑むのは得策ではない。」
第5艦隊 旗艦 「シュルベルト」艦橋
「うわぁぁぁ!!」
「なんなんだよぉ!」
ドォォォーーーーーン
1発も外れない敵からの攻撃はシュメール王国側からしたら恐怖の何物でもなかった。
「駆逐艦「メトラ」撃沈!巡洋艦「フィール」撃沈!」
「ど、どういうことだ!?」
次々と飛び込む味方艦の撃沈報告にファイルは驚きを隠せない。
ドォォォーーーーーン
「左舷に命中!推力低下!」
遂に「シュルベルト」に砲弾が命中する。
ドドドドドォォォン
砲弾は左舷を抉り取り、右舷からも攻撃が伝わる。
「機関室浸水!どうなってやがr。」
ドォォーーーン
砲弾は遂に艦橋へと命中した。
「く、何故だ!我が軍は最強でな……いの……か……。」
ファイルは薄れゆく意識の中、自軍が最強という思いが打ち破られた事に驚愕しながらその34年の命に幕を閉じた。
旗艦が撃沈されたことでさらに艦隊に混乱が広がり、陣形はバラバラに崩れる。
「マイケル・モンスーア」にとっては好都合だった。
「マイケル・モンスーア」 CIC
「続けて撃て!何としても殲滅しろ!」
ドォンドォンドォンドォン
オーバーヒートしかけている砲身は冷却スプレーにより、素早く冷却される。
プシュゥゥゥーーーーーッ
「まもなく、砲弾が無くなります。」
砲弾が無くなるのは致命的であるが、現在第5艦隊は残り1隻を残し、殲滅されていた。
殲滅されていないにしろ、艦対艦ミサイルや短魚雷、クラスター艦対艦ミサイルを用いる事で撃破が可能であるのだ。
シュルルルルゥーン
「全艦撃沈完了。」
砲術長は静かに言う。
ヴォン
『見事な働きだった。』
ホログラムで現れたのはエルトだった。
「ハッ!司令殿にお褒めになるとは嬉しい限りであります!」
メールは敬礼する。
『それ程、畏まらない方が良い。というかネタでやっているだろう?』
「く、バレましたか?」
メールは意地の悪そうな顔をする。
『お前のネタなんぞ訓練校時代に見たわ。』
エルトは笑いながら言う。
エルトとメールは訓練校時代にエルトの方が1つ上だったのだが、メールは先輩や後輩であれど隔てなく会話をする為、誤解を招くこともあったが基本的に誰にも好かれていた。
「まぁ、このことは置いといて。やはり、GPSの通信障害、謎の蒸気船艦隊との戦闘。何かありますね。」
メールは冷静に分析する。
『嗚呼、上からは何も伝えられていない。そして、明日の朝7:00から大統領が会見を行うそうだ。』
「何か有りそうですね。」
エルトとメールの考察はまだ続くのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同時刻 太平洋
ゴォォォォォォォォォォーーーーーーーッ
爆音を奏で、高速で飛行する物体達が居た。
地球連邦国空軍第882偵察飛行隊である。
Fー16VとFー15Xを主力とした最強コンビの飛行隊である。
全16機で構成される第882偵察飛行隊は対地、対空、対艦の3部門の装備を満遍なく搭載している。
まず、Fー16Vは対空中心の兵装で、Fー15Xはペイロードが大きい為、対艦、対地中心の兵装となっているのだ。
「こちら、ペイロール1。レーダーに反応有り。接触する。」
『了解。相手の出方次第で攻撃を許可する。』
「了解。お前ら、行くぞ。」
こういうのは第882偵察飛行隊の隊長であるメルディア・フォール1等空佐だ。
ゴォォォォォォォォォォーーーーーーーッ
第882偵察飛行隊は見えない飛行物体に向けて最大速度で向かうのだった。
バサバサバサバサバサッ
第882偵察飛行隊が迫っていることに気が付かないのはシュメール王国空軍第21飛行隊である。
この惑星特有の生物であるワイバーンを主力とする部隊だ。
ゴォォォォォォォォォォーーーーーーーッ
「ん?」
隊員達は前方から響く爆音に首を傾げる。
ゴォォォォォォォォォォーーーーーーーッ
「うわ!?」
突然、その姿が現れる。
その姿は羽ばたかない翼。鋼鉄のように光っている。
ゴォォォォォォォォォォーーーーーーーッ
隊員の横を羽ばたかない翼を持つ鳥が駆け抜ける。
ギャアッギャアッ
ワイバーンはその爆音の爆風で萎縮してしまっている。
そして、ふと気づくと第21飛行隊は鋼鉄の鳥に囲まれていた。
「おいおい、無線も通じないのか?」
『隊長、ありゃ生物ですよ。ワイバーンとかいう空想上の生物すね。』
「ん?攻撃はされないな。」
一方、第882偵察飛行隊は第21飛行隊を囲みながらそれぞれの考察を繰り広げていた。
「く、とりあえず攻撃だ!魔導火炎弾を撃てェ!」
「「「「了解!!!」」」」
ワイバーンの口から炎が現れる。
ボゴォォォォォォォッッッ
魔導火炎弾が次々に撃ち出される。
「な、当たらない!?どういうことだ!」
鋼鉄の鳥は見事に魔導火炎弾を避けて見せたのだ。
「おいおい、攻撃かぁ?待ちくたびれたぜ!お前ら、各自戦闘を許可する。」
『『『『了解!』』』』
数機からの返事はなかったがメルディアは気にしない。
短距離空対空ミサイルでありながら中距離にも対応可能なミサイルであるAIMー10Xサイドワインダーをメルディアは流れ作業のように撃つ。
バシュンバシュンバシュン
AIMー10Xサイドワインダーはワイバーンを的確に撃墜する。
ドォォォーーーーーンドォォォーーーーーン!!
他の隊員もAIMー10Xサイドワインダーを撃つ。
ドォォォーーーーーンドォォォーーーーーン!!
ワイバーンとワイバーンを操る竜騎兵は何が起きたか分からないまま爆散していく。
黒い花が咲き乱れ、肉塊と思わしき物が落下していく。
「全機撃墜完了か。これも例の第1ステルス艦隊の海戦にも関係があるのか……?」
メルディアは4.09事件とこの戦闘と何らかの因果関係があるのでは無いかと推測する。
「全ては会見待ちか……。」
メルディアは機を反転させ、帰投していく最中に会見を待ち遠しく思った。
ゴォォォーーーーッ
青い炎を噴き出す鋼鉄の鳥達は空を駆け巡り、一斉に帰投していくのだった。
彼らが去った後、残ったのは未だ残る黒煙と海面にプカプカ浮いている肉塊だけであった。




