第1話 転移
20XX年 4月9日
地球連邦国 首都 ジュネーブ 大統領官邸
地球連邦国。
それは人類の長年の夢。戦争はなくなり、世界が平和になったのだ。もちろん、テロや貧困、飢餓といった問題は山積みだが、国家が大量殺戮を肯定するような狂った世界から脱したことは、人類にとって大変価値のある第一歩だと言える。
地球連邦国第一首都、ジュネーブ。
天を突かんばかりに聳え立つのは、第一首都が誇る世界最大の摩天楼。地上を超高層ビル群が埋めつくし、都市の中心には高さ1000メートル級のハイパービルディングが軒を連ねていた。その中でも一際大きいビルが1棟。
地球連邦国大統領官邸である。
人口85億を統べる地球連邦国大統領は、ビルの最上階にある執務室で静かに業務をこなしていた者が1人。
初代地球連邦国大統領のクリーン・フィリプスだ。
「ふぅ、これで仕事も終わりか。早く帰るとするか。」
クリーンはデスクトップの電源を落とすと、背もたれに深く腰掛けた。
プルルルルルル
卓上に設置された受話器が鳴り響いた。
『大統領閣下!緊急事態です!』
「なんだね?緊急事態とは?」
『衛星との通信、月面基地と火星基地の通信が途絶しました!』
「最近の通信障害とやらでは無いかね?」
クリーンは補佐官に疑問を呈した。
『違います!GPSも圏外ですよ!』
クリーンはおもむろにスマートウォッチを操作すると、とある表示を見つけた。
〈圏外です。GPSとの通信が途絶しました〉
「本当だ……どういうことだ。予備も繋がらないのか?」
『当たり前でしょう。圏外なのですから。』
先程まで輝いていた夕焼けの空は赤黒く染まっていて、それを見上げたクリーンは顔をしかめた。
(一体、何が起こっているんだ…?)
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3時間後 大西洋
ザァァァーーーーーッ
荒れた海を縦横無尽に切り裂く8隻の艦艇。海に溶け込むように塗られたグレーの配色、出来るだけ多くの凹凸が排除された船体。いわゆるステルス。
彼らの名は、地球連邦海軍第1ステルス艦隊。第三次世界大戦でアジア連合艦隊を撃破した経験のある部隊であり、地球統一前に存在した艦隊の中で最強と名高い。
第1代ステルス艦隊旗艦「ジェラルド・R・フォード」。旧アメリカ合衆国で活躍していた「ジェラルド・R・フォード」は、度重なる改造が施されていた。ステルス化された艦橋、増築された甲板、多数のリニアカタパルト等々。この艦は就役時とは見違えるような姿になっていた。
「こちら司令部、貴機の着艦を許可する。」
演習を終えた航空隊が次々と帰還する。コンピュータによる補正はあれど、流れるような着艦は流石元アメリカ軍というべき練度であった。暗い灰色に塗装されたその戦闘機は他の地域の機体と比べても異彩を放っていた。
元アメリカ合衆国海軍主力、現地球連邦海軍主力戦闘機。F-666 ウルトラセイバー。
世界初の第7世代戦闘機であり、203X年に正式採用された。徹底的なステルス性を追求している本機は、主翼以外の翼は存在せず、のっぺりとした全体は極めてレーダーに映りにくい。加えて、格闘戦もこなせる万能機で、格闘戦時には機体が変形し、必要に応じて尾翼やカナードが展開されることで、強い格闘性能を誇っているのだ。
F-666は格納モードに入ると、主翼を折り畳んで甲板エレベータを降りていった。全機の収容が終わると、艦隊司令はホッと胸を撫で下ろした。
「ようやく終わりましたな。」
「合計で8日間の演習、ホントに必要あるんですかね。こんなのは。」
そう愚痴をこぼすのは本艦の艦長である。
「言わんとしてることはわかる。地球統一後、大規模な戦闘は一切起こっていない。ましてや海は、そのような兆候すらないのは確かだ。だが、地球が統一してからまもない現在、各国が持て余した軍隊という巨大な雇用をいまさら潰すわけにはいかないし…」
「かと言って、遊ばせるわけにもいかない…か。」
「そういうことだ、艦長。」
「なんだかなぁ…。ちょうどいい敵でも現れてくれればいいが。今の地球は遊び足りない犬みたいだ。身体を動かしたくてたまらないみたいに。」
艦長は腕を背中で組むと背伸びをした。
「ハハハ。ちょうどいいサンドバッグが急に現れたらできるかもな。」
「宇宙人は御免ですよ。」
演習が終了して和やかな雰囲気になっていたCICだが、通信士の報告でそれは一変する。
「司令!GPSとの通信が途絶しました。どの衛星からも反応なし!」
通信士の報告に艦長は驚いた様子で声を張り上げた。
「ど、どういうことだ!?大規模な通信障害でも起きたか?」
「…うーん。何か妙だ。こんなこと戦時中にもなかった。とても大変なことでも起きてしまったかのような気分だ。」
地球統一前から無尽蔵に打ち上げられていた通信衛星は大小含めてのべ4万基。たとえ、大規模なハッキングを受けたとしても直ちに防御システムが作動するし、いくつかの衛星がダウンしたとしても別の健全な衛星が相互に補完しあう体制が構築されている。そのような状況下で、どの衛星からも通信を受け付けないというのは、不可能である。
地球上にあった全ての物質が別の空間に移動しない限り…。
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ダルケル歴 960年 4月9日 シュメール王国 王城
この国は地球連邦国が転移した世界に存在する国家、シュメール王国である。
約1000年前に建国されたこの国家は最初こそ弱小国であったが、現在は度重なる侵略戦争で国土面積はドイツと同規模まで成長したのだった。
この国は経済力こそ中堅レベルだが、軍事力は強大であり、総兵力だけで言えば約300万人と人口比10%という超軍事国家であった。
「王様!新たな新興国が出現したそうです!」
ドアを勢いよく開け、執務官が飛び出てくる。
「朝っぱらからドアのノックくらいしろ!」
シュメール王国の第12代国王であるハイン・シュメールは執務官を叱った。
「も、申し訳ございません。しかし、王様!新興国が出現したそうです!」
「それはもう聞いた。どこからの情報だ?」
バスローブに身を包んだハインは葉巻をふかしながら言った。
「空軍の偵察騎からです!」
すると、ハインは「よし」と頷き、
「流石、我が空軍だ。能力は一流だな。」
と言った。
ハインは短くなった葉巻を灰皿に擦り付けると、素早く立ち上がった。
「先制攻撃が重要だ、直ちに攻撃せよ!奪えるものは全て奪い、価値のないものは全て消し去れ。これで我々はさらに発展する。そうなれば、我が国は常任理事国へ入ることができるのだッ!」
ハインの発言に執務官は姿勢を正して敬礼した。
「全てはシュメール王国の夢のために!ヴァルザール・シュメール!」
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シュメール王国 湾岸都市シュール
ここにはシュメール王国海軍最強と称される第2艦隊が停泊していた。総数75隻。第2艦隊のためだけに作られたと言っても過言ではないこの都市には、船の補給、補修や建造、船員の訓練から慰安までを兼ねる施設が多く存在している。
港は既にお祭り騒ぎであり、整備士や住人たちが総出で出航する艦隊を見送っていた。
「今度も勝つんだぞー!!」
「西方最強の力を見せてやれぇ!」
海一面を占める蒸気船は空を白い煙で覆い尽くした。空を飛行していたワイバーンの編隊はその煙に隠れて一切見えなくなってしまった。
「まるで雲海だ。」
上空で待機していた一人の騎兵はそう呟いた。
第2艦隊 旗艦 「シュルベルト」
ヴァイツ級司令船である旗艦「シュルベルト」は、カタマランという特殊な形状をしている。巨大な通信室と、複数の電算機を早くする本艦は、王国技術の結晶たる船であった。そして、司令船として任務だけでなく、搭載された25センチ連装砲3基は、通常の船と対等に殴り合うことができるのだ。
「中将!たった今、出撃が命じられました!」
伝令兵が艦隊司令であるファイル・アップ中将に報告をする。
「よし、全艦最大船速ッ!新参者を叩き潰しにいくぞ!」
「「「オオォォォォォッ!!!」」」
兵士たちは歓喜した。ようやく、我々が戦果を上げられると。今まで新興国が出現してきたのは、王国でも西洋側。だから、いつも勲章をもらっていたのは西洋勤務の連中だけだった。しかし、今回は違う。初めて、東洋側に新興国が現れたのだ。
彼らは猛る。猛烈に。
(必ず…東洋王国名誉勲章を貰うんだ…絶対…だ。)
ファイルは心の中で強く念じた。
ファイルと同期の者たちはほぼ全員が国王直々に勲章を授与されている。彼の決心は固く、誰にも譲れるものではなかった。
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大西洋
第1ステルス艦隊 旗艦 「ジェラルド・R・フォード」 CIC
「レーダーに感あり!450キロ先に艦影多数!総数…75!加えて、4の機影も確認!」
「なんだと!?海賊でも出たのか…?」
あまりに馬鹿げた報告に艦隊司令は耳を疑った。
「と、とりあえず偵察機を出せ。なんでもいい。」
「スーパーセイバーの準備を、早く何者か突き止めるんだ!」
艦長の言葉に艦内が慌ただしくなった。
母艦から飛び立つ2本の剣。高速飛行モードで駆け抜けるその勇ましい姿は、何ものにも変えがたいものであった。
「こちらモニター1、離陸した。」
「こちらモニター2、こちらも離陸した。」
『了解、直ちに現場へ向かえ。攻撃を受けた場合は、即刻退避せよ。』
「「ラジャー。」」
最高速度はマッハ4.0。対Gスーツによって、快適な空の旅を続けるパイロットたちは、6分もかからずに現場に到着した。そして、彼らがソレを目にしたとき、彼らは自分の目が信じられなかった。
「…あれは、蒸気船だよ…な?」
「あぁ、間違いなくだ。空を飛んでる化け物も、全部本物だ。」
各船が戦隊を組み、距離をとりながら航行している75隻の艦隊。地球でも見たことのなかった大艦隊に、パイロットたちは驚きを隠せなかった。
「こちら、モニター1。現場に到着した。目下には蒸気船の大艦隊が航行中、甲板には大砲のような武装が見える。」
「こちら、モニター2。上空には竜のような化け物が哨戒している。一体、どうなってるんだ?」
『こちら、司令部。直ちに通信を行え。』
「こちら、モニター2。さっきからやってるが、応答なし。低空飛行でもするか?」
『…貴機の行動を承認した。しかし、低空飛行するのはモニター2のみ。モニター1は監視を続行せよ。』
モニター2は機体を格闘戦モードに切り替えると急降下した。機体は激しく揺れた。耐Gスーツを着ていても、パイロットの呻き声が聞こえるほどに。
「こちら、モニター2。不明機がこちらに向かってきた。IFFには応答なし、通信にも反応はない。攻撃の許可を問う。」
『こちら、司令部。それは認められない。』
「チッ…仕方ねぇな。」
モニター2は接近してきたワイバーンを軽々避けると航行する第2艦隊の隙間を駆け抜ける。
「見たことのない旗…竜…三胴の蒸気船…。まるで別世界に来たみたいだ。」
モニター2は艦隊の中でも一際大きい船に狙いを定めた。そうだ、第2艦隊旗艦「シュルベルト」である。
アフターバーナーを全開にしたF-666スーパーセイバーは、その凄まじい加速力とそこから生み出される衝撃波と轟音を後方に置き去りにしながら、「シュルベルト」に向かって一直線に進んだ。




