表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女がたくさんいる世界  作者: 夕月萌留
五色の魔法少女
3/40

Ⅱ 過去の記憶

「おう、嘉神(かがみ)。今日は良い天気よのう。こげなときに学校なんて勿体ねーぜよ」

学校の玄関先で芝川(しばかわ)大地(だいち)に会った。こいつは俺のクラスメイトで小学校時分からの友人でもある。俺にとっては学校で最も仲の良い友達の一人だ。性格は大雑把、最終的には何でも笑い飛ばして終わりにするような男だ。身長175cm、体重76kg、すごくがっしりとした体つきでその外見や雰囲気から周囲には親分肌と思われている節がある。しかし、こいつはけっして面倒見のいい男ではない。大地は自由奔放で常に我が道を行くタイプだ。スポーツ万能なこいつは中学の頃から運動系の部活に引く手数多だった。それでいくつかの部活を掛け持ちしていたが、総じてスーパーサブ的な存在でどれか一つに真剣になって取り組むことはなく、気まぐれに試合に出てはさもそれが当然であるかのようにさらっと活躍していいとこ取りをする。そんなことをしていると真面目に練習に打ち込んでいる人たちの反感を買いそうなところだが、そんなことは一切なく誰からも感謝され尊敬されている。高校生になった今でもそれは全く変わっていない。同級生や後輩だけでなく、先輩たちからも頼りにされるような凄い男だ。だが、その適当な性格ゆえ、持っているポテンシャルを有効に活用できていないのもまた事実だ。

「大地、天気がいいからって帰っちゃ駄目だぞ」

 一応、釘を差しておく。こいつをまともな学校生活に留めておくのは俺の役目だ。

 

 『大地のとんぼ返り』


  ――学校の玄関先まで来ておいて、校舎の中に入らずにそのまま帰宅することをそのように言う。


 これは中学のときに生徒の間で広まっていた隠語だが、すでに高校でも広まっている。この言葉が生まれた経緯だが、大地が学校の玄関先まで来たにも関わらずなぜか帰ってしまったことがあって、たまたまそれを目撃した生徒の誰かがポツリとそう呟いたことが発端らしい。

「わーってるぜよ。しっかし、最近の嘉神はうちの母ちゃんみたいになってきちょるなぁ」

 大地はそこでどういうわけか嬉しそうな顔をした。こいつはどんな時でも大概笑っているせいで、何を考えているのかわからない節がある。他人から『悩みなんて全然なさそうだね』と必ず一度は言われるタイプだ。『こいつ、昔からこんなだったかなぁ』と俺は時々考えるが、今受ける印象以外のイメージが湧いてこない。従って、やっぱり昔からこんなやつだったのだろうという結論に達する。

「さっさと行かないと遅刻しちまうぞ」

 うちの母ちゃんに似てきた――というこいつの指摘はスルーして、俺は校舎内に入り下駄箱から内履きを取り出してそれに履き替えた。大地も俺に続いて中に入り靴を履き替え、俺たちは一緒に教室へ向かった。

 俺たちのクラスは一年A組だ。一年の教室が並ぶ一階の西廊下の一番手前にある。玄関や二階に登る階段に一番近い教室なので何かと便利だ。他のクラスの生徒、とりわけ一年F組の生徒からは俺たちのクラスを羨む声が聞かれる。教室に入って中を見渡すとクラスメイトたちは皆思い思いに雑談にふけっていた。まだ入学して間もない四月ではあるが、俺たちの学校は中高一貫校なので殆どの生徒が元々顔見知りだ。既にいくつかのグループが形成されていて、進学して間もないというのに皆打ち解けた雰囲気の中にある。他校から入って来た生徒も全体の一割、二割くらいはいるが、グループからあぶれて困るということはまずないと言っていい。なぜなら、彼らのような稀少価値の高い人間が放っておかれるはずもなく、まずそれが判明した時点でクラス内での人気者は確定だ。附属中時代のしがらみのない彼らのほうが、逆にどのグループにも簡単に入っていくことができて、友達を多く作りやすいとも言える。エスカレーター組じゃないことはデメリットではなく、むしろメリットなんだ。

 俺は誰に話しかけることもなく窓際にある自分の席まで歩いて行った。俺はエスカレーター組ではあるが、どのグループにも入ってはいない。しかし、決してハブにされているというわけではない。単に特定のグループに入るというのが好きではないだけだ。誘われれば誰とでも付き合うが、誘われなければそれまでである。誰とでも付き合うという点では大地と似ているところもあるが、一つ決定的に違うのはあいつの場合は自分から首を突っ込んでいくタイプということだ。あいつはその日の気分によって首を突っ込む場所を変えるのだ。気が向かなければ誘われても遠慮せずにきっぱり断る。そこは俺と全然違う点だ。俺と大地の違いは朝の何気ない日常の様子にも明白に表れている。すでに俺は自分の席に座っているし、教室のドアを開けてからここに着席するまで誰とも一切会話をしていない。かたや大地はというと、教室に入ってきたとたんにクラスメイトたちから次々と話しかけられて、いまだに教室の入口付近で立ち話を続けている。ちなみに、あいつの席は俺の真後ろの席だ。


 キィーンコーンカァーンコーン

 キィーンコーンカァーンコーン


 始業5分前を知らせる予鈴が鳴った。ぼちぼち席に着く生徒もいるが、まだ多くの生徒が立ち話をしている。大地もまだクラスメイトたちから解放されていない。予鈴が鳴ったら着席して静かに待っているようにと担任の教師から指導されているはずだが、そんなことはもはや頭の片隅にも残ってはいないのだろう。そんなに夢中になって話す話題というのはどんなものなのかと俺は考えたが、どうせ昨晩のテレビ番組の話とか今日発売の漫画雑誌の話だろうという推論に達し、すぐにそのことに対する興味を失った。俺は窓から見える景色をただぼーっと眺めながら始業のチャイムが鳴るのを待った。今日もいつもと大して変わらない朝を過ごしている。こうやっていつの間にか月日は流れていき、人はどんどん年を重ねていくのだ。

 

 キィーンコーンカァーンコーン

 キィーンコーンカァーンコーン


「はい、みんな早く席に着いてください」

 本鈴が鳴っている最中に担任の椿原(つばきはら)響子(きようこ)が教室に入って来た。その声を聞いた生徒たちが慌てて自分の席に着く。そんな生徒たちの様子を見れば椿原がある程度の威厳を持ってこのクラスを引率していることがわかるだろう。一昔前の日本とは違い、今のこの国においては教師の他、一般的に『先生』と呼称される立場の人間たちは最も尊敬される立場の人間であり、一旦失った信頼を取り戻した存在でもあるのだ。

 本鈴が鳴り終わる頃には生徒たちは全員自分の席に着席していた。私語をすることもなく皆が黙って担任のほうを見ている。椿原は教室全体を見渡してざっと生徒たちの様子を見た。欠席している生徒がいないか、顔色の悪そうな生徒はいないか、何か教室内に異常はないか、何か異変があればこの時点で大体気づくはずだ。そして、今日は特に気になることもないと椿原は判断したのだろう。

「皆さん、今日も元気に挨拶しましょう。おはようございます!」

 ――と椿原が挨拶をすると俺も含めてクラスの生徒たちは皆それに呼応するように『おはようございます!』と挨拶で返した。

 ショートホームルームにおける挨拶の仕方は各学級担任に一任されているらしい。俺たちのクラスはこのように『おはよう』の挨拶で一日の始まりを迎える。

「それでは出欠をとります」 

 椿原は出欠簿を開いて生徒の名前を読み上げ始めた。出欠確認の点呼を行う時には名前を呼ぶのと同時にその生徒の目を見る。生徒たちが何か問題を抱えていないか、普段と違う何かしらのサインを出していないか、それらをチェックすることによって自分が任されたクラスに何らかの異常が発生していないか確認しているのだろう。クラス担任は一通りの点呼が終了し出欠確認が済むと連絡事項を生徒たちに伝える。これもクラス担任にとって重要な仕事の一つだ。物事を的確かつ正確に伝えることは簡単なようで意外に難しい。ましてや受け手が42人もいる中で全員に同じ内容を同じように伝えることの難度はとても高いものだ。伝えるときはシンプルにかつはっきりと話すことが重要だろう。受け手側の集中度などもチェックしながら話さなければいけない。俺たち生徒にとっても一つ一つの連絡事項を正確に聞き取ることは重要なことだ。それは社会に出てからも求められることで、今から身につけておいて損はない。

 社会人になると『報・連・相』という言葉をよく耳にするようになると椿原は言う。これは報告・連絡・相談のことで、仕事をする上でこの三つはとても重要なことらしい。学校とは俺たち生徒を社会に送り出すためにある。椿原は自分の生徒たちが社会に出たときのためにと、雑談に交えて俺たちのためになることを色々と話してくれる。教師としてやるべきことをしっかりとやっている椿原は尊敬できる先生だ。

「今日は皆さんに進路調査票を配ります。まずは一緒に配布する説明資料に目を通して内容を理解してください。調査票は一度家に持ち帰って保護者の方と相談した上で記入してください。各自記入したら私に提出してください。提出期限は説明資料に書いてあるとおりです。ホームルームが終わった後でも、休み時間に職員室に来て渡してくれても構いません。提出期限は必ず守ってください」

 一通りの説明が終わると椿原は進路調査票とその説明資料を各列の最前に座っている生徒に6枚ずつ配布した。受け取った生徒は自分用のを1枚ずつとり、後ろの席の生徒へ順番に渡していく。

「ちゃんと皆に行き渡りましたね? 受け取っていない人はいませんか?」

 椿原は配布物が全員に行き渡ったことを目視で確認した上で、念のため口頭でも確認をした。人間は誰しも『見落とし』という失敗をすることがある。いくら目で念入りに確認しても視界から漏れることは少なからず出てきてしまう。そのときの保険としてしっかり口頭でも確認するのはとても重要なことだと思う。

「大丈夫ですね。今日の連絡事項は以上です。それでは、今朝のホームルームはこれで終わりにします」

「起立! ――礼! ――着席!」

 学級委員の号令に合わせてクラスの生徒全員が礼をして朝のショートホームルームは終了した。今も昔も礼に始まり礼に終わるという習慣は変わっていない。各授業の開始と終わりにも必ず一礼をする決まりになっている。ショートホームルームの終わりとともに再び教室内に喧騒が戻ってきた。もちろん、その話題の中心は進路調査のことだ。

 皆、自分の進路のことよりも友人の進路のほうが気になるようで、それを聞き出そうと躍起になっている。俺はというと自席に座ったまま無関心を装っている。しかし、同級生たちがどんな考えを持っているのかという点について気にならないわけがない。高校生のこの時期にもう希望する道が明確に決まっている人間は少ないだろうという推論を立てる。だが、その考えに反して自分の希望進路を自信満々に断言するクラスメイトの声が耳に入り、俺も内心穏やかではいられなくなった。将来についてまだ何も考えていない自分はもしかしたらとてもマズイ立場にいるのではないか? ――と不安に駆られてしまう。入学して間もないこの時期に学校側が進路調査を実施するのにはそれなりの意図があるのだろう。こうやって俺のような何も考えていない生徒に早めにそのことを意識させることが目的なのかもしれない。

「おう、嘉神。進路調査票になんて書くぜよ」

 そんな俺の心の内を見透かしたかのように、後ろの席に座っている大地が俺の背中をトントンと軽く小突いて話しかけてきた。俺はハッと我に返って後ろを振り返った。何と答えようか思案してみたものの、結局俺の口から出たのはため息一つだけだった。

「なんて書くも何も、先のことなんか全然考えちゃいないさ」

 肩をすくめながらそのように言う俺を見て、大地はニヤリと笑った。

「そうよのう。進路のことなんぞ、まだまだ先の話じゃけぇ。わしも全然考えちょらんわ。はーはっはっは」

 大地は豪快に笑い飛ばして目の前にぶらさがっている問題を一蹴した。今のところは何も考えていないが、最終的にはどうにかなるだろうという意思の表れでもある。将来のことを全然考えていないという点において俺とこいつは何ら変わらない立場にあったが、俺たち二人の心境は明らかに違っている。俺の場合、こいつのような根拠のない自信は全くなく、心の中にあるのは不安という負の感情のみだ。だったら、これを機に進路のことを考えればいいという考えに至るが、事はそんなに簡単なものではない。何もやりたいことがない、何をしていいのかもわからない。だから、とりあえず大学に進学しようという考えの学生は少なくとも世の学生の半分くらいはいそうなものだが、それはけっこう深刻な問題で先延ばしにしたからといって何かが見つかる保証など全くない。十数年生きてきて見つからなかったものがすぐに発見できるはずもないのだ。そんなマイナス思考にすぐに陥ってしまうところが俺の悪いところで、大地と決定的に違うところだと思う。

 とりあえず家に帰って親と話して、何かしら適当に書けばいいだろうという結論に達したとき、俺たち二人の会話に割って入ってきた一人の女子がいた。

「二人ともそんなテキトーに生きてちゃ、将来困ることになるよ。ちゃんと、考えないとダメだからね」

 キリッと整った眉に細く鋭い目、スラッと通った鼻筋、小さめの耳にシャープな輪郭、多分ショートカットにすればどこぞの歌劇団の男役にピッタリな顔立ちだ。しかし、彼女の幼い頃からのトレードマークはそのルックスから受ける印象にそぐわない腰まであるロングヘアだ。二つの相乗効果により、実年齢よりも大人びた女性の印象を見るものに与えている。

 彼女は円城寺(えんじようじ)海空(みそら)、俺とは物心ついた時からの友達で幼馴染という関係だ。大地も入れた俺たち三人は小学校の頃からよくつるんでいる仲良し三人組というやつだった。

「そういう海空は将来何をしたいのかもう決まってんのか?」

「私もまだ具体的には決まってないけど、ちゃんと考えて決めていこうと思ってるよ」

「なんだよ。それじゃあ俺たちと全く変わらないじゃないか」

「だから、二人もちゃんと考えなよって言ってるの。いつまでも考えなしじゃこの先本当に困るよ?」

「海空は魔法少女の退役特権があるぜよ。じゃけん、考える必要もなかろう。将来は老後の保証まで約束されたレールに乗っかるだけじゃろうが」

 退役特権――それは魔法少女の役目を終えた者に対して後に与えられる様々な優遇措置のことだ。

 魔法少女になるかどうかは中学校の進学前に国によって決定される。いわずもがな女性として生まれてこなければ魔法少女にはなれない。生まれてから中学生になるまでに数度実施される適性検査にパスすることも必要だ。体力や知能、魔法を扱う素質のチェックだけでなく、病気や障害の有無、人格に至るまで数回に渡ってその適性を試される。そして、適性有りと判断された場合は原則として3年の任期を与えられて魔法少女としての役務に就くことになる。一部の例外を除いて、その任期は中学校生活の3年間と同じ時期になる。これは魔法を扱う能力が最も高まる時期が中学生の頃であるという研究成果を受けてのものらしい。日本全国の魔法少女がほぼ全て女子中学生であるのはこのためだ。中学を卒業すると同時に、彼女たちは魔法少女の任を解かれ、普通の女子高生になる。

 海空もそんな過程を経た女子高生の一人だ。

「退役特権って言っても私は戦地派遣も経験してないし、どうせ地方のお役人程度のポジションしか用意されないと思うよ」

「それでも十分じゃろう。今の時代、わしみたいな野郎には公務員なんて到底慣れっこないんじゃからのう」

「そうだよ海空。退役特権のない俺たちにはお役人や、先生って呼ばれるような職に就くのはすごく難しいことだ。選択肢が残されているだけでも、海空は十分に優遇されていると思うよ」

「それは私もわかってるよ。ただ……」

 海空は一度言いかけた言葉を飲み込んだ。俺の目を真っ直ぐに見つめている。何かを言いたそうにしているが、その言葉は終ぞ発せられることはなかった。

「いや、やっぱいい。二人の進路は二人が決めることだから、私がとやかく言うことじゃないよね。ごめんね、余計なこと言って」

 そう言った海空の表情は寂しげでどこか憂いを含んだものだった。彼女はすぐに背を向けて仲のいい女子のところへ戻って行ってしまった。

「うらやましいのう。野郎には手の届かないものじゃけ。わしも特別な何かになりかったぜよ」

「大地は十分特別だよ……」

 この時の俺には大地のことを羨む気持ちしかなく、あいつが心の奥底に秘めていた思いに全く気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ