5:逆襲の咆哮
テツと別れて小一時間。俺は『はじまりの草原』という場所で初心者用のウサギどもを相手にしていたのだが……、
「ウサーッ!」
「あいたっ」
ウサギの体当たりが見事に俺の腹に当たり、視界の端に1ドットだけ残っていた『HPバー』が完全に消え去った……!
目の前に『アナタは死亡しました。クラフトメイカーの特性により所持金は失いません。これより最後に訪れた街に転移します』というメッセージが現れる。
はぁ~~~、これで三回目の死亡だ。
投げた剣はさらっと避けられちゃうし、防御値ゼロのせいで三発くらい攻撃を喰らったらもうアウト。
スキル【食いしばり】で一撃だけなら死なずに耐えられるが、そこから連続攻撃を喰らってお終いだ。敏捷値もゼロのせいで逃げることも難しいしな。
「う~ん、どうしたものかなぁ……」
死亡状態になった俺はウサギに腹の上に乗っかられながら、粒子となって消えていったのだった。
◆ ◇ ◆
そして戻ってきた『始まりの街』。キラキラとした目で走り回るプレイヤーたちをよそに、俺はガックリと肩を落としながら草原への道を歩いていた。
最初は「負けて堪るかーっ!」って全力ダッシュ(※遅い)で向かっていた俺だが、流石に何度も死んでいたら嫌になる。
元々、熱血キャラってわけでもないしな。テツに馬鹿にされた悔しさからこんなことになったわけだが、俺が目指しているのは優雅なスローライフだ。そのために苦労するのも間違っているだろう。
「はぁ……やっぱりアバターを作り直すべきかなぁ。そうなるとあのニヤついたダチに敗北したことになるわけだが……」
“しょうがねぇな~レンちゃんは! この勇者テツ様がサポートしてやるよ~!”などと言う悪友の顔が目に浮かぶ。
うん、それはそれで嫌だな。やっぱりもう少しだけ頑張ってみるか。
一応、一撃でも攻撃がまともに当たれば一発でウサギを倒せることはわかってるからな。ここまで五匹くらい倒してきたおかげで、もうちょっとでレベルアップしそうだし。
「よしっ、戦闘にも慣れてきたし今回は工夫してみるか」
気合と根性で何でも解決できるのは一部の異常者だけだからな。
凡人の俺は凡人らしく、頭を捻ることにしよう。
まずは問題点を洗い出してみるか。
ウサギこと、『殺人兎』という物騒な名前のモンスターと戦ってみた記憶を呼び起こす。
「ううむ……あいつらすばしっこい上に小さくて、あっさり剣を避けちまうんだよなぁ」
問題点1。攻撃が当たらないことだ。
相手は生きてる動物だからなぁ。剣を投げてもさらっと避けられちゃうんだよな。
不意を打てばなんとかなりそうだが、今の草原には何人もの初心者プレイヤーが狩りまわっているからな。ウサギどもはつねに気を張っている上、ボヤボヤしてたら他のプレイヤーに狩られてしまう。
そして、
「……こっらの武器は『初心者の剣』一本だけだからな。一度投げて避けられたらそれまでだ……」
問題点2。手数が少なすぎることだ。
たとえ【武装回収】のスキルですぐさまアイテムボックスに戻せるとしても、再び手に持って投擲するまで時間がかかる。その間に接近されたらお終いだ。
つまり……、
「攻撃が当たりやすいデカい敵と戦うか、単純に武器を増やすかだな」
あるいはその両方を実践できればよしだろう。
幸い、前者のほうは心当たりがある。何度も道を往復していた時、『南の森にデカい熊がいてさ~』と話すプレイヤーの声を耳にしたからな。盗み聞きしたみたいで悪いが、あとで行ってみることにしよう。
さて、ターゲットを変える案はいいとして、次に武器をどうするかだな。
ゲーム開始時にお金を1000ゴールドもらえたのだが、全て回復薬を買うのに使いきってしまった。
初心者だし防御値ゼロなんだから、慎重に行こうと思った結果がこれだ。おかげで所持金もゼロである。
「はぁ、後悔しても後の祭りかぁ。どっかにタダで武器を手にいれる手段はないかなー……」
そんなことをぼやきながら歩いていた時だ。
武器屋のあるほうからホクホクとした顔で歩いてきた数人のプレイヤーたちが――なんと初心者の剣をポイっと捨てたのである!
って、なにしてんだアイツら!? そそくさと後ろから近づき、会話を聞いてみることにする。
すると、
「――オイいいのかよ、こんな道端に捨てちまって」
「ああいいっていいって。どうせ手放した武器は三分くらいで消えるしな。武器屋で売っても初心者装備は値が付かないんだから、こっちのほうがお手軽だって」
「そうそう、こんなゴミ装備のことなんてどうでもいいから狩場にいこうぜー!」
……などと言って歩き去っていってしまうプレイヤーたち。彼らの後には捨てられた剣が悲しく残っていた。
ふと周囲を見れば、他にも初心者シリーズらしき槍や大剣を置いて去っていく者の姿がちらほらと見える。
「って、なんだそりゃ……」
VR初心者の俺にとっては異常な光景に思えるが、ゲームに慣れた者にとっては特に珍しくはないことなのだろう。
どうせすぐに消えるんだから捨てる。なるほど、合理的だ。
ゲーマーというのは自然と最適な行動を取るようになってしまうのかもしれない。悪友のテツも、即座に俺のキャラ設定を否定してきたしな。
「ったく……ゴミ装備にゴミ設定だとか、すぐにゴミゴミ言いやがって。弱かったら何の価値もないのかよ……」
なんとも言い難い思いを抱えつつ、捨てられた武器たちを拾っていく。
はたから見たらゴミ拾いにしか見えないだろう。何も知らない初心者が売れると考えて集めているように思えたのか、通行人から何度もクスッと笑われた。
だけど違う。俺はこいつらを、必要な存在として集めてるんだよ。
「ゴミだと思うならそれでいいさ、好きに捨てろよ。だったら俺が利用してやるまでだ……!」
そうして消えかかっている武器を探して街をひたすら歩き続け、いよいよ五十本目の初心者武器を手にした時だった。
俺の目の前に、突如メッセージウィンドウが表示された。
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条件:『所有者の手放した初心者武器を五十本手に入れる』達成!
スキル【怨嗟の咆哮】を習得しました。
【怨嗟の咆哮】:初心者武器によって与えるダメージを30%上昇させる。
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「なにっ……!?」
予想もしていなかった事態に驚いた。
初心者シリーズで攻撃した時にしか適用されないスキルみたいだが、30%もダメージ量が増えるのは非常に大きい。
まるで拾い集めた武器たちが、『オレたちを捨てた連中を見返してやりたい』とでも言っているかのようだ。
……俺は静かに笑いながら、手にした『初心者の剣』を見た。
「上等だ……優雅なスローライフを手に入れるために、これからビシバシ使ってやるからな」
俺という使い手を得たことで、消えかけだった刀身が色を取り戻していく。
こうして俺は大量の武器と強力なスキルを手に、南の森へと向かって行ったのだった。
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