純粋愛の芯は強い。悪魔にだまされない。
「・・・こ・ろ・せ・・・」
「むねおー、むねおー。」
宗郎が心変わりすることを、由美は露ほども疑ったことがなかった。宗郎は由美を裏切るはずがないし、由美が宗郎を殺すことは絶対にあり得ない。由美は、宗郎が嘘を言っているとしか考えられなかった。
「・・・は・や・く・・こ・ろ・せ・・・」
「宗郎。嘘を吐いているのでしょう。」
由美の目から止めどもなく涙が溢れた。
「え・い・え・ん・は・う・そ・・・あ・い・は・う・そ・・・ち・か・い・は・う・そ・・・こ・ろ・せ・・・」
「嘘、嘘。宗郎が由美に永遠の愛を誓ったことが嘘なんて嘘よ。そうでしょう宗郎。正直に答えて。」
「え・い・え・ん・は・う・そ・・・あ・い・は・う・そ・・・ち・か・い・は・う・そ・・・こ・ろ・せ・・・」
宗郎は、由美
を無視して、同じ言葉を繰り返した。由美は、「殺せ。」という宗郎の声に恐怖を抱いた。由美は、恐怖を打ち消すように叫んだ。
「殺さない。殺せない。由美は宗郎を殺さない。由美は宗郎を殺せない。宗郎は由美に殺されない。そうよね。宗郎、宗郎の本心を言って。由美を永遠に愛していると言って。由美が宗郎を殺すことはあり得ないと言って。」
由美の悲痛な叫びに、宗郎は黙った。暫く黙った後に、宗郎は話し出した。
「えいえん・の・あい・ちかい・・が・・うそ・・なら・・ゆみ・は・・むねお・を・・・・ころす・・・ゆみの・・けつい・・・ゆみの・・・うんめい・・・ゆみは・・・むねお・・を・・ころさなければ・・ならない・・・うう・・・」
「嘘よ嘘よ。宗郎が永遠の愛を誓ったことが嘘だったなんて嘘よ。絶対に嘘よ。」
「・・・こ・ろ・せ・・・」
「嘘、嘘、嘘・・・」
宗郎は、苦しそうに殺せといい続け、由美は、「嘘、嘘、嘘」を繰り返し、宗郎の殺せという要求を、由美は拒否し続けた。
由美は、永遠の愛を誓ったことが嘘であったと言って、自分を殺せと言う宗郎が、真実の宗郎ではないのかも知れないと疑い始めた。もしかすると、悪魔に憑依された宗郎が、真実の宗郎を演じているのかも知れない。
宗郎の由美への永遠の愛の近いは、絶対真実。永遠に変容しない真実である。それだけが、由美が信じることができる真実である。だから、真実の宗郎が、永遠の愛の誓いが嘘だったと言うことはあり得ない。由美は信じない。永遠の愛の誓いが嘘だったと、真実の宗郎が言うはずがない。言うとすれば、悪魔に憑依された嘘の宗郎が言うだろう。きっとそうだ。
由美は気づいた。宗郎に憑依した悪魔が、永遠の愛の誓いが嘘だったと宗郎の口に言わせ、由美の手で宗郎を殺させようとしていることを。
悪魔の言う通りに、悪魔に憑依された宗郎を殺せば、悪魔に憑依された宗郎と共に真実の宗郎も死んでしまう。
「あなたは嘘の宗郎だ。」
由美の声に宗郎は黙った。由美は黙っている宗郎を凝視した。暫くして宗郎の口が開いた。
「永遠の愛の誓いは永遠という時間の中では瞬間でしかない。」
宗郎の声は、今までのような息絶え絶えの声ではなかった。宗郎の高音の金属音の声は由美の脳に響いた。
「永遠の愛の誓いの真実は、永遠の愛の誓いを発した瞬間の時だけの言葉だけが真実。」
「永遠の愛の誓いはその瞬間だけが真実。永遠の愛の誓いは永遠の中では瞬間でしかない。永遠の中では嘘でしかない。」
「瞬間を永遠だと信じている馬鹿な女。」
「嘘を真実だと信じている愚かな女。」
「永遠の愛を誓う瞬間の言葉が、永遠の時間の中で真実であり続けることを信じている馬鹿な女。」
「真実の宗郎は永遠の愛を誓った瞬間に居ただけだ。」
「真実の宗郎は、今はどこにも居ない。」
「僕は宗郎という男ではない。」
「僕には正和という立派な名前がある。」
由美の予想した通り、宗郎は悪魔を振り払っていなかった。悪魔の憑依を振り払っていなかった宗郎が、悪魔の憑依を振り払った振りをして、真実の宗郎の真似をしていたのだ。由美は、息絶え絶えの宗郎を真実の宗郎だと思い歓喜したが、あれは悪魔に憑依された宗郎が、由美が望む宗郎を真似た演技だったのだ。由美が望む真実の宗郎が消えてしまったことに由美は失望し、悪魔に憑依された宗郎の演技に乗せられたことが恥ずかしくなり、宗郎に憑依している悪魔が憎くなった。
「嘘の宗郎はとこかへ消えて。真実の宗郎を由美に返して。」
と、由美は悪魔が憑依している宗郎に訴えた。
「僕は正和だ。僕は嘘の宗郎でもなければ、真実の宗郎でもない。僕は、宗郎という男とは別の人間だ。愚かな女だ。きみは宗郎という男に逃げられたのだ。きみはそのことを認めるべきだ。僕は愛してもいない女に囚われの身でいるより死んだ方がいい。僕を殺してくれ。」
悪魔に憑依された宗郎は、真実の宗郎の振りをすることを諦めて、今度は宗郎とは別人であると言い、正和という名前の人間の演技を始めた。
宗郎に憑依している悪魔への憎しみ。宗郎に憑依している悪魔に騙されたくやしさ。悪魔に憑依された宗郎への苛立ち。真実の宗郎に会いたいという切望が、由美の心の中で混沌として渦巻いた。
「出て行って、出て行って、出て行って、出て行って。」
と由美は悪魔が宗郎から出て行くように叫び。