純愛の由美と悪魔が憑依]した宗郎との葛藤
いよいよ、由美の純愛と悪魔が憑依した宗郎との激しいバトルが展開する。
「愚かな女よ。僕はなにも感じない。感じるはずがない。君に拉致されて、僕はきみの部屋のベッドに寝かされた。きみが愛撫している肉体は、僕の肉体だ。僕はきみの玩具ではない。屍のような僕の肉体であっても、僕の肉体はきみの愛の行為を拒否する。僕の肉体は僕の肉体であり、きみの行為になにも感じない。感じる筈がない。」
由美は、宗郎に肌を密着させて、宗郎の股間のそれを口の中で愛撫した。
「愚かな女よ。止めろ。僕は宗郎ではない。宗郎ではないのだからきみの愛を感じることはない。」
宗郎の股間のそれは、いつまでもこんにゃくのように柔らかいままで、由美の口の中で、ねじれもつれても大きくなる気配はなかった。由美の求めている愛が、由美の愛の行為に応じてくれない。由美の愛の欲求はますます高まっていった。
「宗郎。愛をちょうだい。」
由美の哀願をあざ笑うかのように、宗郎の肉体は無反応のままであった。
「僕は宗郎ではない。」
宗郎の、抑揚のない甲高い金属音の声は、由美を嘲笑っているかのように、由美の鼓膜を突いた。宗郎であることに間違いないベッドの男は、由美を朝笑うように、しきりに、「僕は宗郎ではない。」と繰り返し言った。キンキンと、宗郎の金属音の声は、由美の耳の奥で共鳴を起こし、次第に大きくなっていった。
「あなたは宗郎よ。なぜ嘘を突くの。あなたは宗郎ではないと言うことによって宗郎ではなくなると信じているの。あなたがどんなに宗郎ではないと言い続けてもあなたは宗郎なのよ。」
金属音の響きに痛くなってきた頭を押さえて、由美は宗郎に訴えた。
「僕は宗郎ではない。僕は正和だ。僕は正和という名前を一度も変えたことはない。」
「嘘よ。昨日は冬樹と言ったわ。一昨日は秀樹と言ったわ。信也、博之、正也、翔太。あなたは毎日違う名前を自分に命名している。あなたの名前は宗郎。宗郎以外は全て嘘の名前よ。宗郎。私をあなたの腕で抱いて。私を抱きしめて。」
由美は、宗郎の胸に覆い被さり、宗郎を抱き締めた。冷たい宗郎の体温が、由美の膚に触れる。由美の女の芯から生まれてくる情欲の熱は、宗郎の冷たい体温を熱くしていった。
「僕は宗郎ではない。狂った女め。僕は宗郎という男ではない。僕は宗郎という男とは別の男だ。断言する。僕は宗郎という男ではない。僕は正和だ。」
僕は宗郎という男ではないという宗郎の金属音の声は、由美の脳内で、こだまのように反芻してキーンキーンと不協和音と化していった。由美の頭は割れるように痛くなってきた。由美は、宗郎から離れ、バッグから錠剤の入った瓶を取り出した。由美は、錠剤を口に含んで、キチンに行き、水道の蛇口をひねって、コップに水を入れて、コップの水を飲んだ。
「僕は宗郎ではない。きみはそのことを認めるべきだ。一夜限りの恋であったはずなのに、どうして僕は何日もベッドの上に寝かされなければならないのだ。
僕は宗郎という男ではない。僕は正和という名の男だ。愚かな女よ。きみが僕の肉体をきみのものにしても、僕の心はきみのものにはならない。それは当然のことだ。この状態が永遠に続いても、僕の心がきみのものになることはない。それをきみは知るべきだ。僕の肉体を弄んで喜ぶ愚かな女だよ、きみは。」
由美は、愛する宗郎に何度も愚かな女と言われ続けられると、少しずつ悲しみが深くなっていく。宗郎の肉体を弄んでいると言われるのは、由美には心外である。由美が望むのは、宗郎が純粋な宗郎に戻り、由美を、「愛している。」と言ってくれることだ。しかし、今の宗郎は宗郎ではないと嘘を言い、由美を愚かな女だと言って由美を侮蔑する。
宗郎が変。宗郎がおかしい。なにかが変。なにかがおかしい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・宗郎は悪魔に憑依されている。・・・・
・・・・悪魔に憑依されている宗郎は、由美と永遠の愛を誓った真実の心を失っている。・・・・・・・・私は宗郎ではないと嘘を言い続ける宗郎。宗郎に嘘を言わせる、宗郎に憑依している悪魔。・・・・・・・・宗郎は悪魔に憑依されている。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう。宗郎に悪魔が憑依しているから、宗郎は宗郎ではないと嘘をつき、由美を愚かな女と呼ぶのだ。
由美は宗郎から悪魔を取り除き、宗郎の真実の心を取り戻さなければならない。真実の宗郎を悪魔から奪い返さなければならない。しかし、しかし・・・どうすれば由美は悪魔から真実の宗郎の心を取り戻すことができるのだろうか。宗郎から悪魔を追い出すにはどうすればいいのだろう。悪魔についてなにも知らない由美には見当がつかない。
「私を見て。私よ。由美よ。宗郎。私は由美よ。由美なのよ。宗郎。私を見て。嘘の心を棄てて、宗郎。真実の心で私を見て。」
由美は必死に宗郎を呼び続けた。
「浅ましい女だ。きみの頭は狂っている。」
悪魔が憑依している宗郎の言葉は、悪意に満ちている。「由美なしには生きていけない。」と言った宗郎に、由美も、「宗郎がいない世界を生きることはできない。」と返事をした。あれは永遠に変わらない真実の愛の誓い。真実の愛は永遠に不変である。由美の宗郎への真実の愛は永遠に変わらない。宗郎の由美への真実の愛も永遠に変わるはずがない。それなのに、宗郎は由美の切実な訴えに、「浅ましい女だ。きみの頭は狂っている。」と言った。この言葉は由美が愛している宗郎が言うはずがない。きっと、悪魔が言わせている言葉だ。宗郎に憑依している悪魔は残酷だ。
「宗郎は私と愛の誓いをしたのよ。永遠に変わらない愛を誓ったのよ。宗郎。真実の宗郎に戻って。」
「僕は宗郎ではない。僕は正和だ。永遠に変わらない愛なんて観念の中ではあるかも知れないが、生身の人間が生きている現実では存在しない。愛は変化するものだ。馬鹿な女だ。」
馬鹿な女と言われて、由美は気を失いそうになった。由美は絶望感に打ちひしがれながらも、必死に真実の宗郎に訴えた。
「私は永遠の愛を生きているわ。宗郎も永遠の愛を生きているわ。そうでしょう、宗郎。」
「宗郎という男はきみとの永遠の愛に愛想をつかしたのだろう。」
悪魔はなんて残酷なことを言うのだろう。激しい悲しみが由美を襲った。
「宗郎。そうなの。宗郎は由美を永遠に愛すると嘘をついたの。宗郎。正直に言って。宗郎、宗郎、宗郎。」
「僕は宗郎という男ではない。僕は正和だ。」
由美の激しい悲しみは激しい怒りに変わった。由美はいきなりバッグを放り投げた。バッグは鋭い勢いで隣の部屋のタンスにぶつかり、大きく跳ね返って床に落ちた。
「宗郎。宗郎は由美を永遠に愛すると言ったのよ。宗郎。」
「僕は宗郎という男ではない。僕はきみに永遠の愛を誓ったことはない。
もし、宗郎という男がきみに、永遠に愛するという嘘を吐いていたとしたら、きみはどうするのだ。」
宗郎が嘘を吐くということは絶対にあり得ない。宗郎は由美と永遠の愛を誓った運命の人。悪魔は嘘を吐くが、宗郎は嘘を吐かない。由美は、宗郎に憑依している悪魔が、宗郎から消え去ることを望んだ。真実の宗郎が由美の前に現れるのを望んだ。
「もし、宗郎という男がきみに、永遠に愛するという嘘を吐いていたとしたら、きみはどうするのだ。」
「宗郎は嘘を吐かない。」
「宗郎は嘘を吐かないときみが信じているだけだ。愚かな女だ、きみは。」
「宗郎は嘘を吐かない。」
由美は悪魔の誘いに乗らないように、「宗郎は嘘を吐かない。」と、同じ言葉を呪文のように繰り返した。しかし、