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百合子の青い空  作者: 九里瑛太
6/13

晩餐

 四月五日、戦艦大和以下第二艦隊は、沖縄周辺の敵艦隊へ突撃する為に四月六日一六に出撃する事が決定した──


 作戦の概要とその受理は、大和とは別の場所で待機する第二艦隊麾下の第二水雷戦隊旗艦である二等巡洋艦『矢矧』にもその後、通達された。

 矢矧艦内の作戦会議室、そこには第二水雷戦隊に所属する各駆逐艦から各々の艦長が集められていた。

「豊田連合艦隊司令は何故、今作戦において、陣頭指揮を執られないのでありますか?」

 口火を切って憤慨してみせたのは、駆逐艦『初霜』の酒匂雅三艦長である。

 当然の如く、他の艦長達も次々に不満を口にして行く。

 無論、第二水雷戦隊の司令を務める古村啓蔵少将も矢矧の原為一艦長も思いは同じくしていた。

 しかし、すでに作戦は第二艦隊司令伊藤整一中将により受理されたのだ。第二艦隊に所属する二水戦もこれに従うのみである。

「皆、伊藤長官の言葉通り、我々は軍人として死に場所を与えられたのだ。思う存分、暴れてやろうではないか!?」

 不満は残る。だが、作戦が決まった以上、国防を任された軍人としては覚悟を決めねばなるまい。古村少将は、伊藤中将の言葉を引き合いに出して駆逐艦の艦長達を説得する。

 こうして、第二水雷戦隊も作戦を承諾したのだった。


 午後になると、大和では当直配備の兵員を除く二千五百名が前部上甲板へと集められ、そこで艦長の有賀(あるが)大佐から水上特攻作戦に関する通達と出撃に際しての訓示が述べられた。

 有賀艦長は、現場からの叩き上げで、数々の実戦に参加し、その度に戦闘に応じた手腕を発揮して来た戦上手の指揮官である。

 人情味あふれ、豪放磊楽な性格は、多くの人に慕われ部下からも多大な信頼を寄せられていた。

 そんな有賀艦長の訓示は、大和に乗艦する者全ての心を昂らせ、戦意を高揚させるに十分なものとなった。


 そしてその後、第二艦隊麾下の全艦艇で、一斉に出撃準備が始められた。

 各艦艇とも、艦内施設の材木や可燃物など不要物資の一切が火災防止の為に陸揚げされ、こうして空いた部屋は、戦死者の遺体安置所として定められた。

 それだけに今回の作戦は、いつも以上の厳しさを予感させるものと言えた。


 全ての作業が終わり、空が夕闇に包まれた頃、第二艦隊のそれぞれの艦艇では出撃前の宴会が催される事となった。

 勿論、大和の艦内でも宴は盛大に催された。厳しくなるであろう今回の作戦を前にして、乗員全てを労う意味で、有賀艦長から無礼講の宴会が許可されたのだ。

 艦長の計らいで、主計科からも酒や食事、甘味物や肴などが惜しみなくそれらが、みんなに振る舞われた。皆、それぞれ思い思いに飲んで騒ぎ始める。

 まるで、最後の晩餐を楽しむかのような騒ぎぶりだ。

 食堂や売店前は無論の事、作戦室や士官室、果ては通路や倉庫に到るまで、ありとあらゆる場所が宴会の場と化していた。

 青年士官などは、その若さ故に勢いよく酒を飲み干しては大いに盛り上がる。

 そこへ、大層と頭の禿げ上がった男が、艦内でも珍しく草履ばきで現れた。厳つい顔に似合わず、ニコニコと人懐っこそうな笑顔で青年士官達の輪の中へとけ込んで行く。

「おぉ!木魚が来たぞ!!」

 ある青年士官が嬉々として叫ぶと、次の瞬間には男の禿げ頭をペチペチと叩き始めた。青年士官達は、酔っていて分からなかったのだろう。この頭の禿げた男こそ、大和艦長である有賀幸作大佐その人であった。

 しかし、自ら定めた無礼講、有賀艦長は青年士官の仕打ちに怒る事などなく、只々されるに任せるのみである。


 さて、梅太郎達の班も、ご多分に漏れず酒盛りを始めていた。

 彼らは、自らが担当する機銃座で、そこから望む大和の艦橋を肴に宴会を始めていたのだった。

「さぁて、明日はいよいよ出撃じゃ!みんなぁ鋭気を養うてくれ」

 そう言って梅太郎は、配給されたばかりの赤飯を部下達にそれぞれ配って行く。主計科が、明日の為に精を付けて貰おうと特別に用意してくれたものだ。

 ところが、そんな景気付けの赤飯だと言うのに、浮かぬ顔付きでこれを受け取る部下がいた。

 松本、佐竹、香川ら、三人の少年兵である。

「どうした、食わんのか?」

 三人は、赤飯に手を付けるでもなく、ただ俯いたままジッと佇んでいる。明日の出撃を控え、緊張と不安で堪らないのだ。

 無理もない。彼ら少年兵にとって、明日は捷一号作戦以来の本格的な実戦となる。

 フィリピン沖での激闘で、大和の姉妹艦武蔵は敵艦載機の猛攻を前にして、その身をシブヤン海深くに没した。世界最強と謳われた大和型戦艦が、必ずしも無敵ではない事が立証されたのだ。

 それを思うと、明日の出撃が大和にとって最後の出撃となるかも知れない。三人は、今にも押し潰されてしまいそうな程の不安に駆られていた。

「今からでも遅うない!お前らは艦を降りろ…」

 梅太郎が、静かな口調で少年兵達に言う。

 そもそも、彼らは下船対象者である。梅太郎も、出来得る事ならば、彼らには艦を降り、これからの日本の為に“生”を全うして欲しいと思っていた。

 今回の出撃は、それ程の激しい戦いが予想されるからだ。

「班長、ご心配お掛けして誠に申し訳御座いませんでした!」

 三人は立ち上がり、梅太郎に対して敬礼をしてみせた。そして、精一杯に自らを奮い立たせ言葉を続けて行く。

「私達も、それぞれ覚悟を決め、相談の上で皆、艦に残る事を決めました!」

 若い彼らにも当然、憂国の志はある。だからこそ、下船せずに大和に残ったのだろう。

「お前ら、ほんまに大和を降りんでもえぇのか?」

 念を押すかのように、梅太郎は三人に尋ねる。

「勿論であります!」

 先程まで、幼さが残る顔付きであった彼らが、今は一人前の男の顔付きになっている。覚悟を決めた男の顔である。

「──ほうか…」

 一人前の男の覚悟、それを梅太郎が無下に反対できるはずもなかろう。

「ようし!そうと決まれば、今夜は大いに騒ぐぞ!!」

「そうじゃ、そうじゃ!景気よく騒げ!!」

 大石とその同期、小島稔二等兵曹が、三人の少年兵達の間に勢いよく割って入る。

「小島、やるか!」

「おうよ!!」

 大石と小島は、顔を見合わせて右腕をサッと振り上げ、その腕を振りながらリズムを取り始めた。そして、そのまま場を盛り上げる為に『月月火水木金金』を大声で唄い出すのだった。

 こうして、梅太郎達の班もようやく宴会らしく盛り上がる。

「わ、私達も一緒に唄います!!」

 大石と小島の景気よい調子に合わせ、少年兵達も彼らに歌声を重ねて行く。

 歌声は、より一層と大きくなり夜空へと響き渡る。


 皆、それぞれに内なる覚悟を胸に秘め、大和乗組員の夜は更けて行く──




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