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百合子の青い空  作者: 九里瑛太
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天一号作戦

 それは昨年の夏、昭和十九年八月二十二日に起こった──


 避難船『対馬丸』が、沖縄から多くの民間人を乗せ、疎開先の九州は長崎へと向かう途中、米潜水艦ボーフィン号の攻撃を受け沈没した。

 当時の国際法に則り、きちんとした手順を踏まえた上で対馬丸が疎開船として運用される事は、日本側から連合国側へ事前に通達してあった。

 そうした経緯があったにも関わらず、対馬丸は敵の容赦ない攻撃により沈められたのだ。

 これにより、一四七六名の児童や女性など多くの非戦闘員が犠牲となった。


 これが世に云う『対馬丸事件』である──


 この事件以後、沖縄県民の生命優先の為、島民の疎開は事実上、無期延期となってしまう。

 当然、沖縄の一般市民は、そのほとんどが取り残され、何れ襲来するであろう米軍に怯える毎日を過ごす事となる。

 そして半年以上が経過した今、連合国軍は日本本土に侵攻すべく周辺海域へ迫り、着実に日本軍の残存兵力を削ぎ落としに掛かるのだった。

 対する日本軍は、燃料や物資の不足もあり、何ら対抗策を講じる事が出来ずにいた。

 そんな中、連合艦隊司令部は、戦艦大和を特攻作戦に用いたい意向を明言、大和が所属する第二艦隊を解体せずにそのまま残したのである。

 世界一と謳われた戦艦大和を使わず、このまま終戦を迎える事にでもなれば、日本海軍の沽券に関わると、海軍上層部の一部の人間は考えていた。

 その戦艦大和は、昨年の捷一号作戦以後、改めて編成し直された第二艦隊第一航空戦隊の旗艦に就任し、広島湾内に停泊、次の作戦に備えるのだった。

 再編されたばかりの第二艦隊へ新たに司令長官として着任したのが、軍令部次長を長らく務めていた伊藤整一中将である。

 伊藤長官は、軍政家タイプの軍人で、海軍リベラル派三羽烏と呼ばれた米内光政、山本五十六、井上成美と同じく日米開戦には反対の考えを示し、今は亡き山本五十六からも信頼された人物だ。

 駐米武官時代、アメリカとの国力差を知り、彼我兵力差を痛感していたからこそ、日本が対米戦争へと向かう事を危惧し、反対の姿勢を取り続けた。

 だからこそ、開戦当初には連勝気分に酔いしれる上層部に対しても、伊藤中将は憤慨してみせた事があった。

 そんな理論派でもある伊藤中将が、第二艦隊の新たなる指揮官に着任し、大和艦内では俄に次なる出撃への期待に沸き立つ。

 ところが、その後も第二艦隊に命令が下される事はなく、本格的な出撃の機会は一向に与えられなかった。

 相変わらず、物資不足で訓練すらままならない状態で、広島湾での待機を余儀なくされていた。

 しかし三月中旬、呉地区一帯を敵機が襲う。

 どうやら、沖縄周辺に集結しつつある敵機動部隊から発艦した艦載機らしく、湾内にある軍事施設や停泊中の艦艇に次々と襲い掛かって来たのだ。

 日本側も航空戦艦伊勢や日向、戦艦榛名などを中心に対空戦闘を行うが、敵機の素早い攻撃に対処すら出来ない。

 昨年来より、対空兵装を増設していた大和も芳しい戦果を挙げられず、逆に第一航空戦隊麾下の空母天城を大破着底で、同じく葛城を大破により使用不能にされてしまうのだった。

 この度の一件もあり、連合艦隊司令部は、敵機動部隊からの度重なる攻撃を憂慮し、遂に第二艦隊の出撃を決定する。

 そして、三月二十日付けで大本営より正式に『天号作戦』が陸海軍へ下命されたのだ。

 天号作戦は、海軍主導の下に陸海軍が総力を結集した一大作戦であった。

 二十六日、連合艦隊司令部はさっそく最初の作戦『天一号作戦』を発動する。

 天一号作戦は、主に九州沖を主眼に置いた作戦であり、既に発動中の『菊水作戦』に呼応する形で大和擁する第二艦隊を出撃させると言うものだった。


 作戦概要はこうだ──


 第二艦隊は、呉を出港し佐世保へと回航、同港沖合いにて前進待機とする。

 連合艦隊作戦参謀、三上作夫中佐の意向によれば、大和を佐世保に配備する事により、敵機動部隊を誘き出し、基地航空隊との連携で、これを一気に殲滅しようと言うのだ。

 しかし、鹿屋の第五航空艦隊司令である宇垣纏中将は「小細工が通用するはずもなく笑止千万、内海待機が適当」と今作戦に対し厳しい評価を下す。

 ともあれ、天一号作戦は発動された。奇しくも、硫黄島が激戦の末に陥落した日であった。


 さて、出撃を前にして第二艦隊の各艦艇では、最後の入湯上陸が許可された。

 各乗員は、交代で作戦開始前となる最後の休暇を思い思いに満喫する。

 ある者は馴染みの料亭に顔を出し、ある者は故郷の家族へと便りを送り、またある者は出撃前の晩餐を楽しんだ。

 百合子の父、梅太郎も例外ではなかった。

 彼もまた、一日しかない貴重な休暇を帰省して、家族と共に過ごしたのである。

 今、梅太郎はその休暇を終え、自らが乗艦する戦艦大和へと戻って来た。

 戻るなり、梅太郎は自分が受け持つ左舷艦橋脇の機銃座へと上がった。

 ここから望む大和の艦橋は、その洗練されたデザインもさる事ながら、只々圧巻の眺めである。

 梅太郎が、大和へ配属となって三年以上が経つ。

 やはり、長年配属され続けた部署が、彼にとって、艦内で一番落ち着ける場所なのだろう。

「あ、班長!お戻りになられたのでありますか?」

 どうやら、先客がいたようだ。

 声の主は、丹念に機銃の手入れをしていたらしく、ハッチを開け顔をのぞかせた梅太郎に気付き、振り返りほほえんでみせた。

「精が出るのぉ!大石」

 男は、同じ部署で梅太郎の部下でもある大石丈太郎二等兵曹だった。

「大石、お前は入湯上陸をせんかったんか?」

 梅太郎が尋ねると、何ともバツが悪そうに大石は答えた。

「ははは…行く宛もないですし、何より私は、ここから眺める大和の艦橋が好きでして…」

 そう言い終わると、大石は頭を掻きながら苦笑してみせる。

「何じゃあ、この特等席は、ワシだけのものじゃあ思うちょったんにのぉ…」

 梅太郎も、笑顔で返す。

 思えば、大石が梅太郎の部下として大和に配属されてから、一年以上にもなる。

 梅太郎の部下の中では、一番長い付き合いと言えた。

「そんとな事言うて、家族に便りくらいは出したんじゃろ?」

 さらに追求してみせると、大石の表情が、とたんに曇り出す。

「私の実家は、東京の本所であります。先日の空襲で家も焼かれ、母と妹も亡くなったそうです」

 去る、三月九日の夜半から十日未明に掛け、アメリカ軍はミーティングハウス2号作戦を発動し、のべ三二五機にも及ぶB29の大編隊が東京の下町一帯へ大規模な空襲を敢行した。

 この時の空襲により、下町は火の海と化し、死者は十万人にも上った。罹災者は、この日だけで優に百万人を越えたと云う。


『東京大空襲』である──


 大石は、命からがら避難した近所の人の報せにより、家族の訃報を知ったのだそうだ。

「ほうか…」

 梅太郎は、それ以上言葉が続かなかった。知らぬ事とは言え、大石に対し、気の毒な事を言ったものだと思った。

「いよいよ出撃でありますね」

 気を取り直したように、大石が口を開く。

「班長、私は今度の出撃で母と妹の仇が討ちたいであります」

 淡々とした口調ではあったが、大石の決意の程がうかがえる言葉でもあった。


 二十八日一七時三十分、第二艦隊は作戦通り、佐世保へと向かう為、呉を出港した。

 夕映えの中、紅に染まる海原を出撃して行く第二艦隊に対して、呉軍港に停泊中の残存艦艇は一斉に汽笛を鳴らし、総員帽振れでこれを見送った──




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