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百合子の青い空  作者: 九里瑛太
11/13

ささやかな祝宴

 入学式も無事に終わり、程よい緊張感から解放された櫻子は、自宅でゆっくりと、その余韻に身を委ねていた。

 あの時の感動と高揚感を忘れぬようにと、櫻子は入学式の事を日記帳にしたためる。そして、改めて第一県女の生徒としての誇りと自覚を胸に抱くのだった。

「お姉ちゃん、何だか嬉しそうじゃねぇ」

 ──と、顔をのぞき込み百合子が語り掛ける。どうやら、櫻子自身も気付かぬ内に嬉しさのあまり顔がほころんでいたようだ。

「ほうねぇ。嬉しいねぇ」

 今日晴れて、櫻子は念願である第一県女の生徒となった。嬉しさが溢れ出ても仕方がなかろう。

 櫻子にとって、今日と言う日がどんなに待ち侘び、そして特別な日となったか、彼女自身の笑顔からも分かると言うものだ。

 それから程なくして、台所から何ともいい香りが漂って来る。気が付けば、時計はすでに夕餉の時刻を報せていた。

「百合子、櫻子、ご飯よ!早よう下りて来んさい」

 そして、階下から菊江の声が聞こえて来る。二人は、食欲をそそるような香りに誘われ、階段を急いで駆け下りた。

「お母ちゃん、今日の晩ごはんは何ねぇ?」

 階段を下りて来るなり、待ち切れないと言わんばかりに百合子が尋ねる。それだけ、台所から香るいい匂いが百合子を心をときめかせたのだろう。

「ふふふ…えぇけぇ、早よう座りんさい」

 苦笑まじりに菊江が促す。百合子と櫻子は丸い食卓を囲むように席に着いた。

 さて、食卓には何が並ぶのか、二人が心待ちにしていると、赤飯や煮豆など、慎ましくも様々な祝いの料理が次々に運ばれ、食卓を彩り始めた。

「お赤飯なんて、何年ぶりじゃろうかねぇ…」

「ほんまじゃねぇ。えぇ匂いがするねぇ!」

 百合子や櫻子にとって、夕食にお米が、しかも赤飯が食卓に並ぶなど、それこそ本当に久し振りの事である。

「今日は、櫻子の入学祝いじゃけぇね!」

 ニッコリと、菊江がほほえむ。何とも温かい気持ちにさせてくれる母の笑顔だ。

「お母ちゃん、ありがとう…」

 戦時下、食糧難のご時世にそれでも尚、娘の入学祝の為に赤飯まで用意してくれた母の心尽くしが櫻子には堪らなく嬉しかった。

「さぁ二人共、温かい内に食べんさいね!」

 百合子と櫻子は両手を合わせ、菊江に対して感謝の気持ちを表すと、さっそく赤飯に箸を伸ばし口に頬張ってみせる。

「お赤飯、モチモチしとって美味しいねぇ!頬っぺたがとろけそうじゃ」

 久し振りに味わう柔らかいその食感に、百合子はもう有頂天だ。

「ほんまに美味しいねぇ!美味しいねぇ」

 櫻子も、母に感謝しつつ赤飯を存分に味わう。

 二人の娘の満ち足りた笑顔が、菊江に母としての十分な幸せを実感させる。

 一家にとって、戦時下のつらさや逼迫感、閉塞感をほんの少しでも忘れさせてくれる、そんなささやかなひとときであった。


 だがこの時、百合子達はまだ知らなかったのだ。

 すでに父梅太郎が乗艦する戦艦大和が徳山沖で補給を終え、護衛の艦艇12隻を従えて一路沖縄目指し出撃していた事を──




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