大和出撃す!
櫻子の入学式が執り行われていた頃、彼女の父梅太郎が乗艦する戦艦大和は、山口県徳山沖にて停泊中であった。
この日、早朝六時に大和は別の場所で待機していた第二水雷戦隊と合流し、出撃前の補給を受けていた。
当初、大和をはじめとする第二艦隊の全艦艇は、沖縄までの片道分に相当する燃料しか補給されない予定だった。
ところが、第二艦隊の閣僚達が揃ってこれに不服を唱えた。
彼らにしてみれば当然である。特攻作戦とは言え、これではまるで、ただ死にに行くだけで万に一つの生還すら許されない、もはや捨て駒のような扱いと言えた。
事実、連合艦隊司令長官の経験もある岡田啓介元総理は「国民を諦めさせるには、後二、三度特攻作戦を失敗する必要がある」と言う趣旨の言葉を遺している。
それだけ、国民全体が戦争の熱に酔いしれていた証しでもあるのだが…
海軍上層部でも、作戦自体には反対しながらも、大和の特攻には概ね賛成の姿勢をみせていた。
そうした背景の中にあっても、第二艦隊参謀長を務める森下信衛少将は、方々に手を尽くし、ありとあらゆる手段を講じて生還の可能性を諦めず模索し続けた。
その甲斐もあり、補給基地の担当官も「連合艦隊最後の作戦に際し、それでは大和があまりにも不憫である」と、燃料タンクの底に残った、帳簿外の燃料までも掻き集め補給を行った。
おかげで、第二艦隊の艦艇は満載とまでは行かないまでも、沖縄までの往復分の燃料を充分に補給する事が出来たのである。
これで、不慮の事態に陥り万が一にも作戦が失敗や中止になったとしても、彼らに生還する可能性が残されたと言う訳だ。
慌ただしい出撃準備を終えた四月六日の夕刻一五時二○分、補給を終えた第二艦隊は遂に徳山沖を抜錨し出航する。
出撃艦艇は──
第二艦隊第一航空戦隊
戦艦
『大和』
第二水雷戦隊
二等巡洋艦
『矢矧』
第四一駆逐隊
一等駆逐艦
『冬月』『涼月』
第一七駆逐隊
一等駆逐艦
『磯風』『濱風』『雪風』
第二一駆逐隊
一等駆逐艦
『朝霜』『初霜』『霞』
対潜掃討隊
第三一戦隊
一等駆逐艦
『花月』
二等駆逐艦
『榧』『槇』
第二艦隊麾下の残存艦艇の中でも、稼動可能な僅か十三隻のみの出撃であった。
前回の作戦、昨年十月の捷一号作戦の時は大艦隊を編成して出撃した。それに比べ、今回の作戦は小規模な艦隊の出撃となった。
あの時の威容は、見る影もない程の有り様だ。まさに、雲泥の差と言えた。
夕日に紅く染まる海原、静かに波打つ水面を見つめながら、何とも悲壮感漂う寂しげな出撃だと、梅太郎は正直、そう思わずにはいられなかった。
だがその反面、期するものもある。自分には家族がいるのだ。家族を護りたいのだと──
梅太郎は、家族の写真を胸元からそっと取り出し、決意を新たにする。