いざステージへ
「うわー。なんか、六〇年代の白黒のコンサート映像思い出すわ、ストーンズの」
譲の声が聞こえた。
キーボードは、ドラムキッドの隣、ステージの後方にセッティングされている。
歌のバッキングは慶のギターに任せたが、キーボードのソロパートは歌月が弾くしかない。
一曲目にやる『Quartetto』など、ピアノ伴奏から始まるので、責任重大だ。
「それしってる。ビートルズも出てたやつね。場所はたしかウェンブリーアリーナ」
いちばん近くに立つ都が、ベースをアンプにつなぎながら言う。
ふと、都と目が合った。
シールドを引きずって、ショートパンツに黒いニーハイすがたの都が近寄ってくる。
「手」
「え?」
持ちあげた右手に、都の左手のひらが合わされる。
ぎゅっ、と指が絡んだ。
「先輩の手、あったかい」
「でしょう? 燃えてるもの。四位って、ちょうどいいわね。優勝は射程だけど、観客の方はまだ期待してない」
「そうですね」
「いつでもいけるわよ。モニターはたぶんアテにならないから、演奏が聞こえないときは浦部を見て。鷲尾も小早川も、ステージじゃ浦部の合図を頼りにしてるはず。浦部に従ってれば音が聞こえなくても、ちゃんと合うから」
うなずいて、歌月は離れていく都から、玲に視線を移した。
黒い、ギブソンレスポールカスタムを構えた玲は、上から下まで黒一色で、ボディ回りのバインディングとゴールドパーツが妙に映える。
マイクスタンドの高さを調節していた鷲尾は、羽織ったブルーのパーカーの袖を肘までまくり上げ、いかにも臨戦態勢だ。
慶の体勢を確認して、歌月は最後に譲を見た。
手にしたスティックを持ちあげ、合図をくれる。
歌月は、鍵盤に指をのせた。
さあ、いよいよ始まりだ────
息を吸い込み、キーボードに向かったまま歌える位置にあるマイクにきもち、顔を寄せる。
「『トリプルリード』……一曲目、『Quartetto』」
わあ、と返ってきた歓声で、マイクにちゃんと声が入っていることがわかった。
ほっ、とした瞬間、指がひとりでに動き出す。
右目で譲、左目で玲を、同時に捕らえる。
まるでそのときだけ、見えない三角形で心が通じているように感じた。
ハイハットが、控えめにリズムを刻む。
ピアノの伴奏に導かれ、玲のギターが遠くで歌い出した。
ベースも、サイドギターも、ステージ上ではよく聞こえない。
が、譲のキックドラムから繰り出される低音は見失いようがなく、スネアのひびきも鮮明に聞こえる。
正確なリズムキープと安定感こそが、譲のドラムの持ち味だ。
彼がいれば、ステージ上でひとり迷子になることもないと、歌月は安心した。
「白黒のコンサート映像」とは?
ニューミュージカル・エキスプレス(NME)誌主催で行われたポール・ウィナーズ・コンサート、の映像のことです。ふむ、ウェンブリーと言うからスタジアムとおもってたけど、屋内のアリーナだったのか、あれ。ビートルズの映像が有名ですが、ストーンズの映像がオススメ。ハーモニカ吹くブライアンのすごさに一目ぼれしたので。ヤードバーズの映像もある気が。




