理想の軽音部
同じ部だからといって、全員の仲がいいはずはない。
先輩後輩で、多少なりとも対立があるのも、ふつうなのかもしれない。
けれど、気に入らないとかウマが合わないという以上に、許せない、というとげとげしさがちらつくのはなぜなのだろう。
四月に歌月が入部したときにはすでに、彼らの人間関係はこんなふうに目に見えて亀裂が入っていた。
だから、歌月にはその理由がわからない。
わかるのは、玲のギター、都のベース、そして鷲尾のボーカルは、いずれもアマチュアにしておくのが惜しいほどの腕前だということ。
その三つがそろえば、とてつもないバンドができるはずだ。
そして、現にこうして、三人がひとつの部にそろっている──
音楽が好きで、バンドをやりたくてここにいるのなら、多少のことには目をつぶってでも、いっしょにやろうとするのがふつうではないのか。
どんなに望んでも、上手い仲間というのはそう簡単に集まるものではない。
なのに、探し求めるまでもなく、ここにはすごいメンバーが集まっているのだ。
だったら、音楽性が違おうが、プレイが気に入るまいが、上手いと認めて互いを高め合い、影響し合うことくらいは可能なはず──
歌月は、バンドとはそういうものだとおもっていた。
軽音部とは、そういう創造的な場所だと、おもっていたのに。
兄だって、なんでいっしょにやってるの、と突っ込みたくなるほど、毎日のようにジョン担に対する不満をたらたら洩らしていたのだ。
それでも、高校の三年間だけでなく、卒業してからだって、いっしょのバンドでやっていた。
ステージの上では、最高の仲間にしか見えなかった。
打ち上げでは練習中の不満なんかすっかり忘れてる、と言っては笑っていた。
『なんだかんだ言って、プレイヤーとしちゃ、最高だからなー』
兄が認めているのと同じくらい、きっと相手だって兄を認めていたのだとおもう。
──いいな、とおもったのだ。
嫌いな相手でも認め合って、力を合わせて、ひとつのことをできるなんて、なんてすごいのだろうと。
そんな仲間が欲しい、とおもった。
だから、軽音部に入ったのに。
歌月は、自分のスマホとリュックを引っ掴むと、入口に向かおうとしていた鷲尾の背中に向かって声を荒らげた。
「どいてください!」
ぎょっ、とした目が振り返る。
やつあたりだ、と自分でわかっていた。
でも、歌月は足を止めず、一八〇センチ近い屈強な体を押し退けるようにして追い抜いてやる。
「おい?」
「歌子、帰んのか?」
玲の声も背中に聞こえた。
けれど、止むことのないギターの音が、自分の返事など待っていないことを物語っている。
歌月は理科室を飛び出すと、早足のまま振り返ることなく、夏休みの学校を後にした。