アレンジャー
「そんで?」
「『ダイヤモンドダスト』……アレンジ変えてやってもいいですか? 弾いてたら、アレンジ考えてる方が楽しくなってきちゃって」
「あー、べつにいいぞ。そん代わり、作曲小早川玲、ってちゃんと書けよ」
「作詞も先輩でしょ?」
「詞は、べつに変えたっていい。俺が歌うんじゃねーし」
「詞なんて私も書けないし、あのままでいいです。曲とタイトル、すごい合ってるし。下手に変えると、タイトルに合わなくなっちゃう」
「ふーん。空手ヤロウが何て言うか」
「文句があるなら自分で書いてもらいます。──それか。別のメロディラインでコーラスパート書いて、英詞でもつけてそっち回そうかな」
言ったとたんに、玲が前のめりになった。
「──マジか。たとえばどんな? そしたらもっとかっこよくなるか?」
「なる、かもしれないけど。先輩のバンドは、コーラスできないでしょ」
「おまえが歌え、歌子。そしたら俺らも『ダイヤモンドダスト』やる。なあ?」
ピックを持った手で肩を叩かれた徹が、歌月と玲の顔をちらり、と見比べる。
「……おまえ、新曲作ったとか言ってなかったか」
「あー、そーいや作った。『Triade』な。三人組に四重奏やれなんてケンカ売ってやがるとおもって、対抗して作った三人組ソング」
「ええー、それ聞きたい。どんな曲ですか。それやりましょうよ。三と四を、同時にやるからいいんじゃないですか! ロックで!」
「まあなー。三拍子で、たしかこーんなメロディラインの曲だ」
六弦に視線を落とすなり、あのレスポールで軽々とメロディを奏でてくれる。
玲の単音弾きには、本当に歌心があってほれぼれしてしまう。
人間の声でやると演歌っぽくなる節回しも、ギターの無機質な音でやると風のゆらぎのように心地よく聞こえるからふしぎだ。
「──弟先輩はいいな。これから先、ずーっとこのギターといっしょなんだ」
ギターの音が終わるなり、そんなことばが口をついて出た。
歌月自身が、耳にしてぎょっとする。
そうたしかにおもったとはいえ、よもや声に出てしまうとは、おもいもしなかった。
「歌子。おまえ──」
玲の声に、ハッとした。
あわてて手のひらを振る。
「いやあのっ、私……」
そのとき、ガラッとタイミング良く戸が開けられた。
「遅くなってごめー──ん? なに、みんな変な顔して。っていうか、どした、徹? お兄ちゃんのこと、そんなににらまないで──」
「いや……タイミングが悪──何でもない」
譲の後から、都たちも現れる。
歌月は、ちらっと玲の顔を見た。
と、ぬっ、と伸びてきた手が箱の中からパイの実をつまみ上げる。
視線に気づいた玲が、ふっ、と笑って、自分の口には運ばず、歌月の口にむぐっと押し込んでくれた。
「……べつに、食べちゃダメって言いたかったわけじゃ」
「いいからそれ食って、気合い入れて歌え」
「──ありがとね。先輩」
「あ? 礼なんていい。買ったの、徹だしな」
「!…………」
やっぱりか、と歌月はおもった。
そして、お菓子に対する礼じゃないんだけど、ともおもったが、それもあえて口にはしなかった。




