玲の“本気”
「弾かないからって、ガキに遊びものとして渡してたら、今ごろボロボロになってるだけじゃなくて、俺も腕なんか磨いてねーだろうからな。コノヤロウ、とかずっとおもってたけど……プロ並に弾けないなら渡さない、って頑固じじいに育ててもらったことになるんだろーな」
「お通夜で、とかもったいぶってないで、生きてる内にいっぱい聞かせてあげたらいいじゃないですか」
「あー……そうだな。あと三十年くらいは、死にそうもねーし」
照れた孫の顔で言った後、玲はワンピースのギターネックを左腕で抱いた。
「歌子。鷲だか蜂だかしらねーけど、OBもおまえの兄貴もぶっ倒して、優勝するぞ! そのためにこいつも手に入れたんだ。心して歌え」
「う。──はい。先輩」
「あのサボリ魔にもでかい顔させんじゃねー」
「…………はい」
顔はともかく、鷲尾のあのでかい声ばかりはいかんともしがたい、とおもいつつ、歌月は神妙に返事をした。
玲が、『トリプルリード』での演奏のために、そのギブソン製レスポールを手にしてくれたことは、あきらかだ。
『LeiT-Motiv』でステージに立つとき、玲はずっとエピフォンのレスポールを弾いていたのだから。
それが、歌月の頑張りを見て玲が示してくれた、“本気”なのだとおもう。
うれしかった。
鷲尾が歌ってくれる、とおもったときより、百倍はうれしい。
「──そういえば、三年生、誰も来ませんね」
慶が、歌月が入って以来開くことない入口の戸に顔を向けて言う。
「兄貴が、進路指導で遅くなる、とか言ってた気がする」
「つーかな、小僧。三年が来ようが来るまいが、おまえがしなきゃならねーのは練習だ! 俺がおしえたコード、弾けるようになったな?」
なったか、ではない。
実験台にもたれかかっている慶が、いかにも自信なさげにうなずく。
慶のギターは『折音』のギタリストの真似をしたと丸わかりの、ファイヤーバードタイプだった。
独特の直線的なフォルムをしたボディは、座って練習しにくいらしい。
歌月はそんなギターを選ぶなんて心底バカだとおもったが、玲は自分が弾きたいギターを選ぶのでなにも問題ないと言い切った。
要は、弾きにくさも練習のしにくさも、何の言い訳にもならない、ということだ。
「ときに、先輩。三曲目のことで、ご相談があるんですけど」
「あー。今、何位だ?」
「何位だろ。七位くらいになったところまでは見たけど」
「てきとーだな。──おい、徹?」
「昨夜の時点で再生数が三万ちょい。五位だったけど──三位以内は時間の問題じゃないか」
歌月は、ぎょっとした。
一応バンドのリーダーとして登録もされている歌月より、メンバーでもない徹の方が詳しく把握しているとは、これいかに。




