バッキングのコード弾き
「ハァ? あんたギターじゃなくてベースでしょ? それに、べつにどっちもいらないから!」
と──歌月の硬い声が蒼太にも聞こえた。
蒼太は、おもわず片手で額を覆う。
さっきもおなじことをしたような気がするが、今の方がずっと、頭が痛い。
「だから……バッキングのコードは、俺がギターで弾いてやるって言ってるんだ」
「弾いてくれなんて言ってないけど?」
「…………」
ことばに詰まっている慶を、蒼太は内心で応援した。
めげるな、慶!
というか、すこしは手加減してやって、妹ちゃん……
応援が通じたのか、慶はうつむいていた顔を毅然と上げた。
玲、魁、都、譲に徹と、五人もの先輩たちに見られながら、なおもことばを継ぐのは勇気が要るだろう。
でも、彼らには、慶の言わんとしていることがわかるはずだ。
だから──黙って見ている。
「……そしたら。おまえが──手は動かさずに、歌だけ、歌えるだろーが!」
蒼太からは、そう言った慶の顔は見えない。
が、言われた歌月の顔はしっかり見えた。
ああー、なるほどね、と手でも打ちたそうな、意表を突かれたといわんばかりのまぬけ顔だ。
「それを言ってくれたのがマトモなギタリストなら喜ぶけど。あんた、今さらギターなんて弾けるわけ? 部長に頼んだ方がマシだとおもう」
「マシ……」
たしかに、マシな程度かもしれないが。
歌月は、本当に正直というか、遠慮がない。
蒼太は苦笑した。
もちろん弾けと言われれば蒼太が弾くのは構わないが……しかし、コード弾きもできないようでは、歌月にばかにされても仕方ない。
それに、歌月が慶を見下す以上に自分を見下している玲が、いっしょにやるのを嫌がるに決まっている。
「も、ちろん、弾ける!」
「そ。でも、ギター持って来てもないでしょあんた」
「…………」
「おい小僧。これ貸してやる」
ストラップから首を抜きながら、玲が愛用のエピフォン──日本製──レスポールカスタムを差し出す。
蒼太はおもわず目を見張った。
いいな──と、おもう。
あれを持てば玲のような音が出せる、というのは当然ながら、幻想に過ぎないけれど。
それでも、玲が弾けば、蒼太のフェンダージャパン並に安物のギターだって、かっこいいとおもえるからふしぎだった。




