険悪な三年女子と二年男子と、三年男子
そのとき──
「るっせーぞ、おまえら! ちったー、音加減しろ!」
ピシャン、と開いた戸の音さえまるで聞こえなかったというのに、その怒鳴り声は電力で増幅された音を叩き割って耳に届いた。
歌月だけでなく、都も玲も、いっしゅん手をとめて目を向けたほどだ。
吠えるエレキギターにも唸るエレキベースにも負けない声量の持ち主など、そうそういるものではない。
なぜだか白い空手着すがたをしているが、れっきとした軽音部員三年、鷲尾魁の顔がそこにある。
彼は、男らしい端正な顔にそぐわない少々間が抜けた表情を浮かべた後、ぼそりと言った。
「花巻だったのか……」
そくざに、ふいっ、と視線を背けた都が、アンプにヘッドホンを挿してしまう。
彼女でなければ、あんなベースを誰が弾くというのか。
歌月は、おもわずあきれた。
他にふたり、部にはベース弾きがいるが、ふたりと彼女の腕の差は歴然としている。
またパタパタと指は動きだしたが、もうその演奏は歌月の耳にさえほとんど聞こえなかった。
入口に立っている鷲尾では、なおさらだろう。
歌月には、怒られたからではなく、まるで鷲尾に音を聞かせたくなくて、都がヘッドホンへの出力に切り換えたように見えた。
一方の玲も、鷲尾のつぶやきこそ鼻で笑い飛ばしはしたものの、その叱責に対してはまるっきり無視を決め込んだ。
変わらない音量で、再度ギターを弾き始めた玲にずかずかと歩み寄り、鷲尾がアンプのダイヤル回す。
一気に、半分ほどまで音量が落ちた。
とたん、玲が実験台の上から蹴りを入れようと右足を振り上げたが、道着には生憎とかすりもしない。
「なにしやがる、このっ、アニオタホモヤロウ!」
「──おまえも居たんなら、音量下げさせるくらいしたらどうだ」
と、鷲尾は歌月を見て言った。
まるで、玲の悪口は耳に入らなかったように、きれいに無視をした。
玲はいつも彼を『アニオタホモヤロウ』と罵るが、実際に彼がアニメオタクで同性愛者なのかどうかは、わからない。
否定はしないが、激昂もしないあたり、事実無根なのではないかともおもう。
歌月は、肩をすくめた。
「先輩の耳には騒音でも、私にはどっちもすごい演奏でしたから」
「こいつのせいでどっかから苦情がきたら、部長の鴻池が謝りに行かなきゃならないんだぞ」
「あ? 歌子は関係ねーだろ。文句があるなら、俺のギターに張り合ってきた花子のやつに言ったらどうなんだ」
「…………花巻はいつも静かにしてるだろ」
それはそうだ。
けれど、都のことは叱れないんだろう、と遠回しに言った玲の指摘にも間違いはないとおもう。