兼キーボードのハンディ
…………道を誤ったね、妹ちゃん。
蒼太は内心で、歌月に同情してしまう。
歌月は、後輩らしく甘える道ではなく、真っ向から魁に挑む道を選んでしまったのだ。
それはそれで、歌月らしさだと、蒼太はおもうが。
むしろ、歌月でなければ突き進めない道かもしれない、とおもう。
ボーカルばかりは、いい音を出したいからと、いい楽器に持ち替えるようにはいかない。
持って生まれた声、それを自ら鍛えて、使いこなすしかないのだ。
まともな女の子なら、魁にボーカルで張り合おうなどとは、ぜったいにおもわないだろう。
それだけ、歌月は魁の歌に憧れている……
この半月ちょっとでまるで別人のように迫力を増した歌月の歌を聞けば、それは明らかなことだった。
「──鷲尾先輩の歌って、ここまで迫力ありましたっけ?」
蒼太は、隣に座る慶を振り返った。
何だか不満そうな顔をしていることに気づく。
「『@兎ヶ丘』で歌ってたときは手抜きしてたんだー、とかおもってる?」
「エ……」
「そんなふうにおもわないでやって。あれはね、単純に音域の問題だからさ」
もちろん、それだけではないかもしれない。
が、蒼太はけげんそうな慶に微笑した。
「妹ちゃんは、自分が楽に歌えるところまでキーを落として歌ってたんだよ。だから、玲でもギリで歌えたわけだけど」
「はあ」
「ただ、そこは魁も楽に歌えるキーだったってわけ。というか、むしろ、魁にとっては本領発揮できる音域だね。声を張らなくても出せる音」
「だから、太くて強い?」
「そういうこと。どうあっても女の子には分が悪いよね」
でも、決して完璧なピッチだけで満足はしていない。
歌月は、自分自身を響きのいい楽器にしようと、精いっぱい肚に力を込めて歌っている。
ただ、肩にまで力が入っているように見受けられた。
力むのと、鍵盤を弾きながらなのと、おそらくは両方が原因なのだろう。
「……慶が今、なにを考えてるか、当てようか?」
ハッ、と慶がこちらを見た。
蒼太は、その肩をぽん、と叩いた。
「おれもね、今、おまえとおなじことを考えてる」
「えっ──」
「だからね。おもっただけで言わずに済ませるのなら、おれが言っちゃうよ。いい?」
慶は、サンダーバードタイプのベースのネックをぎゅっと抱いた。
そう、それはギターではなく、四弦のベースだ。
うつむいた慶が何をおもっているか、蒼太にはわかる気がした。
胸に湧くのは、苦い後悔ではないだろうか。




