プライドvs憧れ
一方、玲のためにボーカルパートを色分けした手書きの楽譜を見ていた鷲尾は、おい、と歌月をまるで下僕のように呼んだ。
心の底から蹴り飛ばしてやりたかったが、歌月はぐっとこらえて返事をした。
『Aメロ、俺にもソロを取らせろ。その代わり、サビの後半、ユニゾンから俺がハモにまわる。ここは三度でハモらず、まっすぐ歌え』
などなど、鷲尾は怒濤の注文をつけ始めた。
しかし玲の王様っぷりに慣れきった歌月は、あんた何様、と突っ込むタイミングを逸して──兄が聞いた動画の演奏と相成ったのだ。
おかげで、玲のギターと、都のベースのみならず、鷲尾のボーカルまでが合体した、念願のバンドサウンドが完成した。
まさに、歌月が意図したとおりになったわけだ。
しかしこの納得いかなさは、いったい何なのだろうとおもう。
うれしいか、うれしくないか、と言われたらたしかにうれしいのだが……
今以て、騙されている気がして、仕方ない。
なんせ、必死の頼みもすげなく断わっておいて、今さらのこのこと来てバンドに加わることに、鷲尾からは何の断りもないのだ。
当然、よろこんで受け入れられるはず、とおもっているのか、なんなのか。
そう──
いちばん納得いかないのは、結局、何ひとつ文句も言わずに受け入れてしまった、自分自身にだった。
『魁が歌ってくれるなら、おれのギターは伴奏のためだけにあるのでいいんだ』
そう言った蒼太を、自分はプライドがないと断じたのではなかったか。
これでは、まったく彼のことを批難できた義理ではない。
何も言えない自分が、くやしい。
くやしくて、惨めで、情けなかった。
プライドを持って歌え、と都に言われたのに……
ひとりでは戦えないと、玲を頼った。
その弱気が、鷲尾につけ込む隙を与えたということだ。
今さらあなたの力なんか要りません、と突っぱねるべきではなかったのか。
──プライドが、あるのなら。
『────プライド?』
蒼太の、虚を突かれたような顔をおもいだす。
まるで、自分のギターにプライドが必要だなんて、おもったこともない、とでも言いたげな表情だった。
プライド……?
そんなものが、必要なのだろうか。
いや、そもそも、歌月自身にだって、あったのか?
──玲にはある。
都にも、ある。
鷲尾にだって、あるはずだ。
だからこそ──自分は彼らの音に、歌に、あんなにも惹かれたのではないだろうか。
歌月には、ない。
始めて、まだたった十日そこらの歌に、プライドなどない。
あったのはくやしさと、意地と、……あんなふうに歌いたいという、憧れだけ。




