秀吉は部長
あれは、忘れもしない、九月十三日の放課後だった。
十五日までには動画を投稿したいと、録音に向けたリハをしている最中のこと──
いつの間にか理科室にやって来ていた鷲尾が、ずかずかと演奏中のバンドに近づいてきて、玲のマイクをぶん取ったのだ。
いきなり降って湧いた玲とはまったく声量のちがうボーカルに、もちろん歌月は仰天した。
玲も、あぜんとしていた。
しかし、ふしぎなことに、玲は鷲尾にそのままマイクを渡してボーカルを取らせたのだ。
他の誰も止めなかった。
もちろん、歌月も。
ふざけたことに、玲にはほぼ主メロを割り当てていたとはいえ、一度目から鷲尾は、歌詞も音程も玲のパートのみを完璧に歌い上げた。
少なくとも一週間は練習しまくった歌月の努力など嘲笑うかのような、圧倒的なボーカル。
目眩がするほど腹が立ったが、それでも────
歌月は、その歌が欲しかった。
だから、山ほど言いたい文句は、すべて飲み込んだ。
でも、くやしさと割り切れなさと、八つ当たりも半分込めて、演奏を終えてすぐ、歌月は玲に詰め寄った。
『先輩、どうしてあのひとにマイク渡しちゃったんですかっ』
『あー。蹴り飛ばしてやりてーとこだけど。内心、助かったこれでギターだけ弾いてりゃいい、とかおもっちまったんだよな』
玲のことばは、実に正直だった。
ボーカルを誰かに押しつけられるなら、これっぽっちも自分は歌わなくて構わない、とおもっていることが歌月にもわかった。
鷲尾を誘ったという話も、今更ながら納得がいった。
『つーかよ。花子はどうなんだ。何で、黙ってる?』
『……約束だからよ』
『約束?』
『この子と賭をしたの。あの男が歌うわけないって。賭に負けたら、黙っていっしょにやる約束なのよ』
歌月は、そんな賭をしたことなどすっかり忘れていた。
が、しておいて良かったと、心から、あのときの自分のひらめきに感謝した。
そんな歌月に、都は苦い微笑を浮かべて、くちびるを寄せた。
『鳴かせてみせたわね。みごとだわ』
歌月は、首を振った。
謙遜ではない。
意図していなかった、というのももちろんあるが──
歌月は、録音作業を頼んである徹のそばで自ら手を貸してくれている蒼太の方を見た。
『部長は、わかってて、私にあれを聞かせたのかも……』
『あれってなあに?』
『混声のツインボーカルの曲です。玲先輩のギターにさえ見向きもしないひとだけど、歌になら張り合うって、きっとわかってたんだ』
『そうかもしれないわね。でも……張り合う価値のない歌になら、やっぱり見向きもしないんでしょ。だから、あなたの手柄よ』
都が子どもにするようなやさしい手つきで頭を撫でてくれた。




