ギターとベースの場外乱闘的ソロ合戦
「だって、弟の方の浦部先輩、って長いから」
「名前で呼べよ」
「……無理です。先輩とちがって、こわいし」
「ああ、あいつクソでかいからな。ちびな歌子とは、四十センチくらいちがうんじゃねーの?」
ケタケタとこうして笑ってくれる玲とちがって、その相棒は無口な上ににこりともしないのだ。
徹は玲や兄の譲とはよく話しているので声自体はけっこう耳にするが、歌月自身は都と以上に会話をした記憶がなかった。
なのに、気安く名前で呼ぶなんて言語道断だとおもう。
「それに、先輩のこと、いつもガミガミ怒ってるでしょ」
「そうだっけ?」
「えーっ、怒られてる自覚、ゼロ!?」
「天才とバカは紙一重って言うでしょ。常識ないやつ怒っても、無駄なのよ」
都のさらなる毒舌を、玲は相手にせず去っていった。
とおもったら、耳をつんざくようなギターの高音が理科室に響きわたる。
キュインキュインと攻撃的に鳴らしているようで、ふしぎと音楽的に聞こえてくるのが、玲というギタリストのすごいところだと歌月はおもう。
都も、天才だとは認めているのだ。
しかし、リズムを刻むことを良しとしない兄のベースに影響されただけあって、都もせいぜい三〇Wアンプのギター音にはひるまなかった。
ベースを抱くと、ヘッドホンを抜いたままのアンプスピーカーからずん、と腹に響く低音をみごとな速弾きで打ち出していく。
中身は男子、と称されるだけあって一歩も退かない。
「なに、この戦い……」
つぶやいた歌月の声など、自分の耳にさえ届かなかった。
ふつう、同じ空間に腕の立つふたりが楽器を持ち寄ったら、セッションを始めるものではないのだろうか。
どう考えても、ギターとベースで斬り合い、もしくは殴り合いのような音のぶつけ合いなど始めるはずがない。
どう控えめに表現しても、場外乱闘的ソロ合戦、だ。
どっちも、これだけの腕を持っていながら、なぜこうなのか──
都のベースはたしかにリード楽器としても通用しそうだが、音色の派手さではやはりギターには敵うべくもなかった。
まして、弾いているのが、バイオリニストにも匹敵しそうな音感の持ち主だ。
玲のギターの何がすごいかといえば、ギターで唄うところだ、と歌月はおもう。
しかも、気ままに出しているような音の響きのひとつひとつさえ、一流のシンガーが歌うがごとく、おそろしく音程を外さない。
歌月の知る限り、エレキギターというものはちょっと弦に指が引っかかっただけで、たちまち不快な音を発するやっかいな楽器だ。
この鍵盤を押せばかならずこの音が出る、という明快なピアノのような楽器とはまるでちがう。
玲のようにギターを弾くことは凡人にはできないが、そのすごさはどんな素人だろうとわかってしまえる。
歌月が、バンドの一員でもなく、強制されたわけでもないのに放課後、理科室に通いつづけたわけは、ひとつはこのギターを聞くためだ。
もし、都のようにベースを弾けたなら、音を戦わせることより、音を合わせることを歌月は望むだろう。
巧みなベースの上で自由に唄いあげるギターを聞きたい──
なぜ、都はそうはおもわないのか。
玲も、玲だ。
ときには、ベースがソロを弾こうがリードを取ろうが、べつにいいではないか。
徹よりあきらかに巧い都と力を合わせれば、もっとすごい演奏ができるとはおもわないのだろうか。
認め合えば楽しいとわかっていながら、どうして、否定し合うような真似をするのだろう。
それとも、互いに認めさせようとして、張り合っているのか。
「どっからどう聞いても、どっちもすごいのにな……」
歌月のつぶやきは、やはりふたつのエレキサウンドにかき消された。