プライドと楽しさ
「都先輩は鷲尾先輩の歌にプライドが感じられない、って言ってましたけど」
「言ってたね……」
「部長にはお似合いです。だって、部長のギターにだって、プライドなんてないんでしょう?」
「────プライド?」
「部長は、ひとを楽しませるのが音楽だって言ったけど。やってる人間はどうなの? 歌ってる人間は? 本気で楽しくてやってますか?」
「………………」
「部長の望みがあのひとといっしょにやることなら、どうして空手より楽しいって言わせようとしないの? まるで、義理か義務感で歌ってもらってるみたいに言って。歌いたくなきゃ歌いたくないって言うでしょ、あのひと! 部長は甘えてます」
「そうだよ──甘えてるんだ。だって、おれのギターなんてどこにでもある、とくに選ぶ意味も価値もないものだよ。そんなこと、自分がいちばんよくわかってる」
「出会いに甘えて、平凡でいることを自分に許してきたんですか? それで、とくべつだったものを失って、後悔するのは部長ですよ?」
蒼太が痛そうに眉根を寄せた。
その顔が、失いたくないと言っている。
──当然だ。
失ったら、あんなボーカルは、もう、おいそれとは手に入らない。
どんなに後悔しても、手遅れになる。
でも今ならまだ、手の中にある大切なものを守るために、できることがあるはずだ。
選べるのは、自分の人生だけかもしれない。
それなら、せめて後悔しないための選択をすべきではないのか。
「部長。『課題曲』のヘビィメタルアレンジとか、どうですか」
歌月は、蒼太の腕を取った。
が、すぐに彼の腕は歌月の手をすり抜けてしまう。
「遅いよ」
「遅かないです! 演奏が雑だって、あのひとが歌えば何とかなります!」
「遅いんだよ。……おれには、魁の本気を求める資格なんか、とっくにないんだ」
「え……?」
資格、とは何なのか。
歌月にはさっぱりわからない。
そんな歌月の表情を見て、蒼太はあきれとも、憐れみともつかない笑みを投げた。
「妹ちゃん……君は、ほんとに小学生みたいだね。それで、玲とよく似てる」
「────それ、どういう?」
小学生みたい、というのは身長からして、まあ百歩譲ってわからないではない。
が、玲と似てる、とは聞き捨てならなかった。
都にも似たようなことを言われた気がするが、玲と似ているは、イコール紙一重的なバカだ、と遠回しに言われている気分になる。




