録音助っ人
廃業したカラオケ店を改装したとおもわれる手狭なスタジオの一室を出てから、ロビーの長椅子に歌月は座った。
先だって蒼太から頼まれていた、『@兎ヶ丘』のライブで使用するテープというのを録音しに来たのだ。
『RUN!RUN!RUN!』と、もう一曲は動画投稿に使用した『甲賀忍法帖』で、龍笛パートは投稿時にも歌月がキーボードで弾いた。
借りていたキーボードを返却し終えた蒼太が、自販機で買ったらしい紙コップを両手に持ってやってくる。
「妹ちゃん、帰り、駅だっけ?」
「はい」
「あ、これ飲んで。おつかれさま。遅くまでつき合ってくれて、ありがとう」
渡されたのは、ひんやりとしたミルクコーヒーだった。
お礼を言って口をつければ、甘みが口に広がる。
歌月の顔を見ていた蒼太が微笑した。
「部長、よくここに来るんですか」
「そう。家だと大きな音出して練習できないしね。狭いからバンド練習はできないけど、いつも空いてるし、料金も安くて、学校からも近い」
「今月のライブに出たら、『六区バトル』からは引退するの?」
「そうだね。まあ、フリーギタリストとして登録しとくと、助っ人が欲しいバンドとかスタジオ録音とか、お呼びがかかることもあるらしいよ」
「……将来は?」
「わからないけど。趣味でも何でも、ギターは弾いてるとおもうよ。おれ、この楽器が好きなんだ」
横に腰かけた蒼太が、肩から下ろしてふたりの間に座らせたギグバッグを撫でてみせる。
蒼太のギターは、なんというかジャングルの爬虫類をおもわせる奇抜な色をしている。
イエローライムという公式カラーなのらしいが、そのストラトキャスターを見るたび、玲がものすごく嫌そうな顔をするのがおかしい。
「鷲尾先輩と、バンド続けないんですか」
「──それもわからないな。魁は、歌うより空手の方が好きみたいだしね」
「……部長がやろうって言えば、続けるとおもいますけど?」
「そうかもしれないけど──おれが選べるのはおれの人生だけだから。妹ちゃんも、きっとそろそろ身に沁みてるだろうけど──」
歌月は、蒼太の横顔に目をやる。
「バンドは、難しいね。人間の意志が、四つも五つも集まらないと、形にならない」
「…………」
無言で、歌月はうなずいた。
曲のアレンジをやって、自分でメンバーを集めて、それでも歌月のおもったとおりになんてちっともいかない。
それでも────
「でも、ひとりとか助っ人で演奏するよりか、百っ倍、楽しい!」
「そうだよね。それも、身に沁みてる。それに……玲と都がいっしょにやってるのなんて、はたで見ててもおもしろいよ」
「はたでおもしろがってないで下さい」
じろりとにらんだら、くす、と笑われる。
『甲賀忍法帖』とは?
陰陽座、ですね。バジリスク、コミックは見たことあるけど、記憶がないです。男性が歌ってるのを聞いてイメージまで固めたわりに、描写ゼロ(笑)




