「俺だったら、ベースにソロなんざ弾かせねえ!」
「おー、すげー。サンキュー、歌子」
こんなの全然すごかない、とおもうが、王様然としているようで、きちんとお礼は言うところが憎めない。
歌月は、彼のギターを聞いていたいきもちを振り切って、窓際へと歩み寄った。
と、足が視界に入ったのか、都が顔を上げる。
「おはようございます、先輩」
ヘッドホンを外しながら、こく、と都はうなずいた。
元々、無口なひとなのだろうか。
ただ、手招いて、そばの椅子を引いてくれたあたり、邪魔におもってはいないようだ。
歌月はホッとした。
兄いわく、「都ちゃんは中身けっこう男子だよ」らしいが、近くで見るとまつげの長さに圧倒されるほどの美少女で、緊張する。
「例の映像って、一曲フルであるの?」
「あ、あります」
「ほんと? 見たい」
「あ……でも、ところどころブレまくってて、雑音も入ってたりして──」
「そんなのいいわ。見せて」
大きな瞳で迫られて、歌月はあわててリュックからスマホを取り出した。
再生ボタンをタップするだけにして差し出せば、自身のプレイヤーからコードを引っこ抜いてスマホのイヤホンジャックに差し込む。
そして、ヘッドホンをアンプから抜いてしまった。
再生したとたん、アンプのスピーカーから雑音まじりの『B.E.E.』版『マイ・ジェネレーション』が流れだす。
ちら、と視線をやれば案の定、けっこうな音量にぎょっとした顔で玲がこちらを見ていた。
都は、小さな液晶に見入っている。
玲はギターを置くと、こちらにととと、と歩いてきた。
珍しいこともあるものだ、とおもう。
「歌子。その『マイジェネ』なに?」
「何って……部のページにリンク貼ったのとおなじです」
けげんな表情を見て、あっ、と歌月はおもわずこぼした。
「もしかして、先輩、スマホで『六区』見たりもできないんじゃ?」
「あ? 失礼だな。たまには見る。ってもスマホ持ってねーから、徹んちのパソコンでな」
「でしょうねー……これ、お兄ちゃんとこの新バンドの演奏です。こないだ『ビートカフェ』でやったやつ。今、『六区』内で話題になってる」
「あー、うちのOBってやつか。どおりでまともな演奏だとおもった」
「まともですか、これ?」
「ヘタクソが遊んだら音楽にはなんねーんだよ。こんなつまんねーギター、素人に弾かせたら騒音より聞けたもんじゃねーしな」
「じゃ、先輩が弾いたらどうなる?」
「あ? 俺だったら、ベースにソロなんざ弾かせねえ!」
スピーカーを指さして断言した玲を、じろりと都が振り返る。
互いの視線の間でバチッ、と火花が飛んだ──ような気がして歌月は仰け反った。
「なんか文句あんのか、花子」
「私が浦部弟だったらとっくに捨ててる、っておもっただけ」
「…………っ」
沈黙した玲の形相を見て、歌月は反射的に両手を振り上げた。
玲に向かってぶんぶんと振ってみせる。
「せ、先輩には、弟先輩といっしょにやるのが合ってるってことでしょ! ねっ、ねっ?」
「……歌子」
「えっ、は、ハイ?」
「弟先輩って呼び方、変だぞ」
不機嫌さが声に出ていたが、目に浮かんでいた怒りのほのおは消えている。
歌月は胸を撫で下ろした。
もしも玲が都に殴りかかりでもしようものなら、一五〇センチの歌月ではとても止められなかっただろう。