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8/8 -兎ヶ丘学園軽音部ー  作者: 十七夜
3:新バンド結成! シーン1-発声の秘訣-
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空手教本

「なっ、何やってる、歌子! パンツ見えるぞ」


右足を踏み出し、えいっと順突きを繰り出した歌月の背後から、玲が声を投げてくる。

反射的に直立になると同時に、歌月は握り込んでいたこぶしを解いて両手でスカートの後ろを押さえた。

振り返ると、玲が後頭部を押さえている。

どうやらまた、徹に殴られたらしい。


「いてーな。黙って見てる方がやらしいだろうが」


まったくだ。

だが、見ない、という選択肢はないのだろうか。

歌月は、玲に向き直った。


「見て、わからないんですか」

「あのムカツクやろうを一発ぶん殴ってやろうとしてるのはわかる。けどな、こぶし痛めるのがオチだぞ。鍵盤弾けなくなるし、やめとけ」

「……ちがいます! 殴る気なら、とっくに顔面引っ叩いてますよ」


言ったら、玲の向こうで徹がふいっとそっぽを向いた。


「何わらってんだ?」

「某先輩がやってる空手の弱点って、頭部を狙われることらしい」

「まじか。よし歌子、やってやれ」

「やりませんよ。──ただ、あのひとの声量とか肺活量は、空手に秘密があるのかなーとおもって、ちょっと」


窓際の棚の上に置いていた、図書館から借りた空手の教本を手に取り、玲に表紙を見せる。


「ふうん。合唱部にでも弟子入りした方が、早くねぇ?」

「でも、声楽系の歌じゃなくて、ああいう歌がいいの」

「そうかよ。じゃあ止めねーけど、パンツは見せるな。言っとくけどここ、おまえと花子以外、いるのみんな男だぞ」

「…………」


そんなことは知っていたが、歌月は本を抱いたまま理科室の中を見渡した。

頬が、じんわりと熱い。

鷲尾はいないが、残り五人の男子部員は全員いる。


「……気をつけマス」

「ねえ、知ってる、小早川。女の子にパンツ見せてってのは、セクハラよ」

「見せてとか言ってやしねーだろ!」

「そう? ところであんた、浦部の家に泊まってばっかりらしいけど、今はいてるパンツって、浦部弟のパンツ?」


美少女の上品なくちびるから、パンツなんて単語が連発されるのは悪夢だ。

ますます頬が熱くなった。


「てめーこそ、セクハラだ!」

「べつに見せてとか、言ってないわよ」


いたずらっぽい微笑を、玲が忌ま忌ましそうににらむ。

徹は、何も聞こえていない、という顔でベースのペグをひねっている。

いっしょにバンドをやることになってから、徹にベースをおしえている都の近くには、必然的に玲もいることになるのだが──

この十日近く、毎日毎日、ふたりはこんな言い争いをくり返していた。

仲がいいようにもおもえなくはないが……都の中身は男子だという兄のことばが、今さらながら実感できてしまう。



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