頑固者とロック
イヤホンを片方耳に押し込んでから、蒼太ははたと魁を見た。
「あ。ごめん、おはようって言うの、忘れてた」
「──ああ。オハヨ」
「何か、用事だった?」
「いや。単に、時間があるから来たんだ。練習する気で」
「そっか。じゃあ……」
「聞いてろ。べつに、こっち気にかけなくていい」
手を払われて、蒼太は苦笑を浮かべた。
やさしさのわかりにくさでは、魁もいい勝負かもしれない。
再生すると同時に流れてきた曲のギターは、なるほど、まさにクロマチックという半音ずつ上昇と下降をくり返す運指を使ったリフだった。
この曲のギターをコピーすれば、それが運指練習になるという寸法だ──が。
速い。
尋常ではないほどに、速い。
そして、リズムが変だ。
粗削りな音はライブ録音なのだろうが、このテンポでこの変拍子でかつクロマチックの速弾き……どこからおどろけばいいのやら、迷う。
いったい誰だ、とおもってアーティスト名を確認した蒼太は、大いに納得した。
玲の速弾きなど聞いた記憶がないが、これが弾けるなら、できないから弾かないわけではないらしい。
ということは、蒼太にはとても完コピ不可能なメタル系の速弾きだって、魁のために弾いてやれるのではないだろうか。
弾くかどうかは、ともかくとして……
一曲終わったところで魁に目をやると、窓際から玲のそばに移動している都を見ていた。
近くには歌月もいるが、都を見ているのだと、直感する。
「都が笑ってるの、太陽先輩が卒業して以来だとおもわない?」
魁が、ばっ、とこちらを振り向いた。
やはり、都を見ていたのだとわかってしまう。
「妬ける?」
「妬いてるのは自分の方じゃねえのか?」
いっしゅん、魁が都を見ていたことを言っているのか、とおもった。
が、そんなはずはない。
蒼太は、そう自分に言い聞かせ、苦笑を返した。
「……まーね。玲は自分より優れてる相手しか認めないから、妹ちゃんやおまえは認めても、おれを認めることはないだろうな」
「おまえはあいつに認められたくてギターやってんのか。ちがうだろ?」
「もちろんちがうけど──」
玲に認められないかぎりは、部をまとめることもできなかった。
だから蒼太にはできないが……歌月にはできるのかもしれないと、この頃おもう。
「魁さ、妹ちゃんの誘い、断わったんだろ。あの子、おまえにふられて泣いてたみたいだけど」
「振ってない。他を当たれって言っただけだ」
「譲のためでも何でもいいから、一回くらい歌ってあげたらいいのに、頑固だねー」
「……頑固は嫌いか?」
二拍ほど、何を訊かれたのか、考えてしまった。
ぎょっ、と歌月から魁へと視線を移す。
「え、……と。というか、うちの部は頑固者ばかりだよ。ロックやる人間って、そういうものなのかな?」
「かもな」
「ところで、魁」
「何だ」
「──あのこと。都だけじゃなく、譲にも言ってないの?」
何のことか、と言いたげだった魁の表情が、すぐに変化する。
一旦、床に逃げた視線が、ひた、と蒼太を射た。
「言うわけない。言う気なら自分で言え」




