魁の耳
「本人がやる気もないのに、仕方なく歌うのでいいわけ? 妹ちゃんが欲しいのって、その程度の歌なの?」
とたん、歌月が椅子を立つ。
「歌にプライドがあるから断わるんじゃないんですか? マイク持って、ステージに立って、手を抜くつもりなら断わる必要もないでしょ?」
「…………魁が何を考えてステージに立ってるかなんて、おれにもわからないよ」
蒼太は肩をすくめた。
歌月は、まだ何か言いたそうな顔をしている。
が、糸が切れたように椅子に座り直した。
「妹ちゃんは、魁と玲を同じステージに立たせたらおもしろい、ふたりがせめぎ合えばきっとすごいことになる、とおもってるんだろうけど」
「────」
視線だけが返る。
図星だったのだろう。
「おれも、それには賛成。でも、玲じゃ魁を駆り立てないってことだよ。魁にとって、ギターとボーカルは、同じ土俵の上じゃないんだ」
「え?」
「君は、そりゃあ玲のギターの方が圧倒的にすごい、と言うだろうし、それは事実なんだけど。魁にとっては、玲のも、おれのも、同じギターってだけなんだよ。あいつはたぶん、ギターなんて誰が弾いたって同じとしかおもってない」
「おっ……おんなじわけないでしょッ!」
再度立ち上がった歌月に、胸ぐらを掴まれる。
魁に言ってくれ、と言う代わりに、蒼太は視線を逸らせた。
「うん。でも、スタジオ録音とライブ音源はいっしょだって言うし、アレンジがちがっても、メンバーが入れ替わってても、区別ついてないよ」
「──耳、腐ってんですか」
「まあ、要は、歌しか聞いてないんだよね。歓声が入ってるからライブだなーってくらいで。高音のフェイクや歌詞のまちがいがなければ、同じってことになるみたい」
手は離してくれたが、歌月はものすごーく納得がいかなそうな顔をしている。
でも、音楽をどう聞くかは人それぞれなのだ。
自分とちがっていたからって、間違っているわけじゃない……と蒼太はおもう。
「バンドの音ってね。才能のあるなしじゃなく、人間関係の産物だから。本人がいっしょにやりたくないなら、いいものにはなりっこないよ」
「でも──」
「おれが君なら諦めないで、バンドの方をやめるかもしれない。だけど、君は自分で歌えるんだから、そんなばかな二択はしなくてすむ」
歌月の目が、蒼太を凝視した。
歌月にとっては、玲のギターと自分のギターを同列に並べるなど、言語道断にちがいない。
けれど──蒼太にとっては、玲のギターと魁の歌を同列に並べることだって、十分に理解し難いことなのだ。
魁の歌がなくても玲のギターさえあればいいというのなら、それでいいではないか。
蒼太は、魁の歌がないならバンドをやる価値などないとおもう。
魁の歌が、他の楽器なんかと比較になるわけがない。
玲のギターが、何だと言うのだ。
いいボーカルはギターを選ばないが、ギターはいいボーカルを選ぶ──それが事実。
魁は極端かもしれないが、多かれ少なかれ観衆はまず、演奏に乗っかっている、ボーカルの歌を聞くのだから。
世界にはたしかに五人くらいは、ボーカリストを喰うギタリストというのも存在する。
仮に、玲がその類であるなら──魁の歌など諦めれば済むことだ。
「キーボード、弾きたくないなら早めに言ってね。他を当たらなきゃいけないから」
まだ、どこかあっけにとられた顔をしている歌月を放って、蒼太はギターを置いてある入口付近の席に戻った。




