『太陽先輩』
賭けに勝った都の出した条件が家に来ること、だった時点で、どんなに鈍い人間だって兄・太陽に会うためだと、気づけないわけがない。
そこにあるのが、師弟関係を超えた好意なのだろうということも。
都は、女子の歌月でもおののくような美少女だが、兄も、歌月から見ればそう悪くはないとおもう。
ただ、それは自分が一五〇センチしかないから言えることだ。
一方の都は、歌月の目測だと、兄よりも背が高い。
五センチくらいは大きいのではないだろうか。
兄は、子どものころから小柄なことを何よりもコンプレックスに感じているふしがあった。
スポーツも好きなくせに、中学からきっぱり足を洗って音楽に走った理由は、体格が不利にならないからなのだろう。
ステージに立てば人を見下ろせるから、だったりもするのかもしれない。
「ああ、なつかしいな。夏合宿で、夜通し音楽談義とかやったっけ」
「え……合宿? 文化部なのに?」
「そう。やったんだよ。合宿って言っても校内でだけど。無人の学校で夜中まで大音量で演奏してな。あそこ、回り学校ばっかりだから、むしろ夜の方が苦情もこないという」
「──いいな。どうして今はやってないんですか?」
「去年もやろうかって話は出たけど、小早川が反対したのよ」
「……玲先輩かー」
「私も参加しないって言ったから、責任あるわ。ごめんね」
「いえ──」
仮に、去年やったにしても、蒼太が部長になった今年もやったかはわからない、とおもう。
「歌月。そいつは?」
「そいつって?」
「都ちゃんといっしょにバンドやるんだろ。ギターはそいつ?」
「? そうだけど?」
玲のことを言ってるのだと気づいて、歌月はうなずいた。
ふうん、と兄が半眼になる。
「コバヤカワレイってどんなやつなの?」
と訊いたのは都にだ。
目を向けると、都は兄と歌月を交互に見てから、ぽん、と隣に座る歌月の肩を叩いた。
「私たちには生意気な後輩だけど、彼女にはいい先輩みたい。──ね?」
「え」
「そうだな、名前で呼んでなついてるし」
おもわず、歌月は都と兄を見比べた。
都も、兄を『太陽先輩』と呼んでいたような気がする。
名前で呼ぶのは、イコール好意を持っている証なのだろうかと、青くなるやら、赤くなるやら……
「ち、ちがうの! だって、小早川って姓に先輩なんかつけて呼んだら、あわや一〇文字だよ。長すぎだって!」
「ああ、それはたしかにな」
それに比べて、長勢よりも太陽の方が、一文字多い。
つまり、長くなっても名前で呼ぶのが、イコール好意ということだ。
そう自分を納得させて、歌月はほっとした。




