賭けに勝った都
「泣くほどのこっちゃないわよ」
「な……泣いてません」
「泣いてるわよ」
「──そうだ、先輩。ぐす。……鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」
「ハ? 何?」
「あとのふたつって、何だったか、わかりますか?」
「鳴くまで待とう、が家康ね。秀吉は何だったかな。鳴かせてみせよう、だったかしら? それが?」
鳴くまで待とうと、鳴かせてみせよう──
いったい、どちらが言いたかったのか、本当にそのどちらかだったのかも、歌月はわからなかった。
だから、べつのことを訊いてみる。
「どれが、いちばんロックだとおもいますか?」
「いい質問。答えは、──どれもよ」
それは意外な答えだった。
おもわず見つめたら、肩を抱いてくれたままふわりと都がわらう。
「鳴くまで待とうは、さしずめフォークロック。鳴かせてみせようは、パンクかしら。殺してしまえは、デスメタルね。何でもあり、がロックよ」
「何でもあり?」
「そうよ。本音と哲学と美学があれば、何だっていいの。ホトトギスの句には、ちゃんとあるでしょ。なきゃ、ロックとは認められないわ」
「……先輩、おもしろい」
「あなたもね。もっと早く、話してれば良かったわ」
よしよしと、まるで妹か何かのように、頭を撫でられる。
美人はいい匂いがするものなんだな、と離れていく都の夏服姿を見ながら、歌月はしみじみとおもった。
* * *
「うわあ! ……びびった!」
ギグバッグを肩から下ろしながらリビングのドアを開けた兄が、仰け反った姿勢でしばし固まった。
ぺこり、と無言で頭を下げたソファに座る美少女を、まん丸な目が凝視している。
「おかえり、お兄ちゃん。アンプ借りてるから」
言えば、兄の視線が、都の抱えたチェリーサンバーストのジャズベースからシールドを伝って、同じフェンダー製のコンボアンプに移った。
「つか、部屋ん中入ったのかよ。アンプ取っただけか。他のとこ、漁ってねーだろうな?」
「漁ったら何が出てくるわけ?」
「…………。まあいい。久しぶりだな、都ちゃん。妹と、仲良くやってくれてんだ?」
そばに来た兄と都の顔を、歌月は見比べた。
以前に比べたら仲良くなったと言えないこともないだろうが、都がここにいる理由は、単に、歌月が賭けに負けたからだ。
でも、太陽先輩には言っちゃダメ、と桃色の頬で口止めされた以上、説明するわけにもいかない。
「いっしょに、『六区バトル』に出るんです」
「えっ──マジ?」
「あら。言ってなかったの?」
「……一昨日は、まだ先輩たちにやってもらえるかわからなかったし。昨日はお兄ちゃん、家に帰って来なかったし」
「………………へえ、そう」
冷房では説明のつかない冷気が、いっしゅん、リビングに満ちた。
「いっ、今の都ちゃんといっしょ! メンバーの家に泊まったんだ」
「知ってるよ。いつものことだし」
「都ちゃんも泊まるんだろ? まさか、こんな遅くには帰らないよな?」
「このソファってたしかベッドになるんだよね? お兄ちゃん、後でやって」
「え! ここで寝るの? 歌月の部屋じゃなく?」
「私の部屋にソファなんて持って行けないじゃん。ベッドはシングルだし、床で寝ろっていうの」
「そうか……いや、都ちゃんがいいならいいけど…………」
「──先輩がつき合ってくれるなら、徹夜でもいいです」
どういう意味っ、とおもわず歌月は都の顔を見た。




