ホトトギス
「他を当たれ」
稽古を邪魔されたことも、告白の呼び出しかーなどと空手部員にからかわれたことも、べつに怒っているふうではなかった。
なかったが──
とりつく島がない、とはこのことかと歌月はむしろ感心してしまう。
そのくらい、容赦のない拒否だった。
玲にはまだ対話の余地くらいあったが、鷲尾は早々に背を向けて去ろうとした──ので、歌月は道着の裾を引っ掴んで引き留めた。
が、けっきょく、何を言っても変わらなかった。
歌月がどれだけ頼んでも歌わない、と言い切った都が正しかったと思い知らされただけだ。
でも、納得などできるわけがない。
「どうして他じゃ歌おうとしないんですか!」
「おまえに関係あるか?」
まったくだ。
まったくだが!
反射的に、この男を引っ叩いてやりたい、とおもった。
約三十センチ差をものともせず、ぶんっ、と手を振り上げてから、まるで動じる気配のない相手に、歌月ははたと気づいた。
この男は空手をやっていて、並の男など比べ物にならない腕っぷしなのではないのだろうか、と。
そんな人間をおいそれと引っ叩こうものなら、どんな反撃が返ってくるかわからない。
「どうした? 叩いて気が済むなら、叩いて行け」
歌月は、手のひらを握って、ゆっくりと下ろした。
叩いてやりたいが、──それで気が済むなら、だと?
気が済むわけがない!
その程度だとおもっているのかと、怒りで目の前が真っ赤になった。
自分の歌を、この男はその程度だとおもっているのか、と──くやしくて、くやしくて、くやしくて……腹が立つ。
腹を立てている自分自身に、いちばん腹が立った。
それでも、こんな男の歌は好きだとおもう自分が、自分で──許せない。
「…………鳴かぬなら、ナントカカントカ、ホトトギス」
「──は?」
鷲尾の声に応えず、歌月は踵を返した。
殺してしまえ、はすぐに思い出したが、自分が言いたかったのは別の何かだった気がする。
考えても、思い浮かばない気がしたので、歌月は考えなかった。
今は、殺してしまえ、以外は浮かびそうになかったから。
その声を……知らなければ殺してしまえるのかもしれないが、きっと、知っていたら殺すことなどできない──
知っていたら、諦めることなど、できない。
くやしいけれど、できないのだ。
ぽろりと、涙がこぼれた。
もしかしたら後ろからまだ見られているかも──そんな気がしたから、歌月は頬を拭わないまま、廊下を歩いた。
ぎしぎしと、木が軋む不気味な音を聞きながら。
角を曲がると、旧校舎からの渡り廊下の向こうには、なぜか、都が立っていた。
歩ききった歌月を、両腕を開いて、迎えてくれる。




