夏休みの部活
兎ヶ丘学園の軽音部は、練習に音楽室を使わせてはもらえない。
楽器の保管など、部室として階段下の小部屋を割り当てられてはいるものの、練習はなぜかそのそばの理科室を使わさせられている。
それは、『折音』のメンバーが在学していたころから変わらないらしい。
理科室の取り柄といえば、第一と第二、両音楽室を合わせたくらいの広さがあることだ。
いつも、入口に近いあたりに三年生を中心としたコピーバンドのメンバーが陣取り、奥ではプロを目指す二年生ふたりが練習している。
中央付近に組まれたドラムキッドは、そのつど、向きを変えることでふたつのバンドが共有していた。
ひとりしかいないドラマーは、本来はコピーバンドのメンバーながら、実弟のいる二年生バンドの助っ人をしているような格好だ。
そして、その理科室の窓際にいつもぽつんとひとり陣取っている美少女が、ひとり──
それが三年生女子、花巻都だった。
ただふたりきりの女子部員ながら、歌月はほとんどことばを交わしたこともない。
が、彼女が入部して間もなく、兄の太陽にあこがれてギターからベースに転向したということは知っている。
彼女の抱えた愛器、チェリーサンバーストのジャズベースは、兄のベーシックなブラウンサンバーストとは色違いだ。
アンプに挿したヘッドホンを装着して、ひとり黙々と練習しているため音を聞いたことはないが、指の動きなら兄にも負けてはいなかった。
「あれ。歌子? どしたー?」
ガラガラと理科室の戸を引くと、実験台のひとつに行儀悪く腰かけた二年の小早川玲が振り返り、ピックを持った右手を掲げてみせる。
夏休みだからか、彼は制服の水色シャツにネクタイではなく、黒いTシャツすがただ。
背中に入った家紋のプリントを見るかぎり、彼がトレードマーク代わりにしている小早川ナントカという戦国武将のグッズに違いない。
彼のギターのギグバッグにも、おなじ家紋のステッカーが貼ってある。
「ひとりですか、先輩。めずらしー」
「あ? 徹は、午前中はバイト。午後になったら兄貴といっしょに来んじゃね? あいつに用か?」
「まさか。都先輩がいるって聞いて」
「なんだ、花子ね」
いるよ、とばかりに窓際を親指で示してくれるまでもなく、見えている。
あいかわらず、ヘッドホンを装着しており音はほとんど出ていない。
「そーだ、歌子。いいとこに来た。コレの音、そのスピーカーからいっしょに出るようにしてーんだけどさ。どうやんだっけ?」
手にしているデジタル音楽プレイヤーと、指さされたスピーカー付きのコンボアンプとを歌月は見比べた。
「はあ。で、接続コードは?」
「どれかわかんね。ギターのケースに入ってんじゃね?」
「……先輩ね、機械オンチすぎ!」
アンプだけは、ギターをつないで電源を入れることぐらいはできるらしいが、彼は音楽プレイヤーからめあての曲を探すことすらできない。
まさか、ここに来てからずっとそれができず途方に暮れていたのだろうか。
都に訊く、という選択肢はどうやら彼にはなかったらしい。
歌月にはめっぽう人使いの荒い先輩だが、玲が実は人見知りなことに、入学から四カ月もたてばさすがに気づけてしまう。
歌月は必要なコードを探し出し、音楽プレイヤーでめあての曲をリピート再生するところまで請け負ってやった。