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8/8 -兎ヶ丘学園軽音部ー  作者: 十七夜
2:バンド結成へ シーン5-ボーカルで賭-
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イフと賭

「せ、先輩。ちょっと、おはなしが──」


歌月の声に、四弦を見つめていた瞳がパチッとこちらを見る。

都の耳には、今日もヘッドホンは装着されていない。

昨日は徹に何かおしえているようすだったが、今日は練習する都を徹が横で見ているといったかんじだ。

場所は窓際だが、いつも都がいた場所よりは、玲たちの定位置に近い。

ときおり、徹も指を動かしているが、アンプから出ている音は都のものだけだった。


「まじめな顔にコアラのマーチって似合わないわよ」


歌月は、両手でにぎりしめていた箱をおもわずぺこ、とつぶしてしまう。

一昨日のトッポと同じで、それも玲が歌月に食えと渡したものだが、やはり徹のカバンから出しているようにしか見えなかった。

いいのだろうかとはおもったが、期間限定味につられてついつい受け取ってしまったのだ。

歌月はまじめに話す気でいるのに、都の手は当然のように箱に向かって伸びてくる。

歌月は、まるで自分のもののように、箱の口を都に向けた。


「ありがとう。──で?」

「ボーカルの、件……なんですけど」

「イフの話なんかしたって、時間の無駄よ」

「イフ……」


まさに、もし鷲尾がボーカルを引き受けてくれたら──と言うつもりだった歌月はつづきが言えなくなってしまう。


「浦部が昨日、やるわけない、って一蹴されたんでしょ」

「でも、先輩が待望しているとなれば、口説き方も変わってくるというか」

「待望なんてしてないわ」

「ぐ」

「第一、私だけじゃないでしょ。小早川だって嫌いなはずよ」


好きも嫌いもない、──のではなかったのか、とは歌月は突っ込まなかった。

玲も嫌ってはいるだろうが、大嫌い、というほどではないとおもう。

ちなみに、当の鷲尾は今日も今日とて、理科室には現れていない。


「玲先輩は、鷲尾先輩の歌自体は買ってるはずなので、納得はしてもらえるかなって……」

「そう。だけど、私が納得するもしないもないの。あの男は、あなたがどれだけ頼もうが、歌いっこない」

「ぜったい──ですか?」

「ぜったいよ。賭けてもいいわ」


賭、と都が言った瞬間に、歌月の頭でライトが灯った。


「それじゃあ! もしも賭に負けたときは、鷲尾先輩ともいっしょにやってくださいね?」


ぱち、と長いまつげが瞬く。

次の瞬間、見たことがないほど、都は婉然とわらった。


「──おもしろいこと言うわね。いいわ。そのかわり、彼が歌ってくれなかったときは?」


そう言われて、歌月はとびっきりのひらめきにおもえた考えが、実は底が抜けた浅知恵だったことを思い知った。

つ、と背中を冷や汗が伝う。


「う、う……どういたしましょう?」

「そうねえ。どうしてくれちゃおうかしら?」


目を細めた微笑は、目眩がするほどに美しい。

ああ、この顔でちょちょいと説得してくれたなら、いかな頑固な男でもきっとうなずいてくれるだろうに──と歌月はおもった。

が、歌月は都ではないし、もちろん、代わりに頼んでくれなんて虫のいいことも言えない。

自分自身が持っているもので、頼むしかないのだ。

──いかに自分が、鷲尾の歌をすごいとおもっているか。

それを伝えるしか、説得する方法などおもいつかない。

だから、意を決してひとり、鷲尾がいるはずだという旧校舎の武道場へと向かったの……だが。



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