『ボーカル』勧誘
「そうなんだけど。ほら、うちは誰かさんのドラムのおかげでタイムはめちゃくちゃ正確だから、鍵盤とバッキングはテープでいこうかと」
「うっわ。責任重大じゃねーか、俺」
「おまえ、伊達に例のリズムマシーンドラマーにあこがれてるわけじゃないだろ?」
「玲か! 玲とおなじこと言うなよー、鷲尾」
「譲なら大丈夫。信じてるよ。──ただ、かけ持ちいっぱいで大変だろうけどね」
蒼太は、玲たちの方を指さした。
目をやった魁が、硬直する。
都が混ざっていることに、今、気づいたのだろう。
「ライモチの練習はうちでできるから平気。あと、長勢ちゃんのやつも、俺にはそんなやっかいなドラムは要求してないからさ」
「…………あそこ、玲のギターと都のベース、あと譲のドラムでバンドやるみたい。それに、妹ちゃんの鍵盤かな」
「──へえ」
魁にしては低い声が返ってきた。
感情を隠すとき、魁はこの声を出すのかもしれない、とおもう。
「ちょっと、興味ある?」
「──べつに」
「鷲尾、ボーカルやる気ない? 長勢ちゃんはおまえに歌って欲しいみたいなんだけど?」
「やるわけない」
あっさりとした答えに、慶がぱあっと顔を輝かせる。
譲は肩をすくめた。
「玲の全編リードギターに対抗できるのは、おまえのボーカルしかないんじゃないの?」
「ぜっ、全編? マジ?」
おもわず、蒼太は歌月の方に目をやった。
「あの子はほんと、玲のギター、大好きだよな。だから玲の性格にもつき合ってくれてるし。逃げられないように、徹が超がんばってるよ」
「それでも、あえて都のベースをぶつけようとするところがすごいよな。どうバランスとる気だろ」
ちら、と魁の表情を窺ってみたが、無関心、を装う態度に変化はなかった。
魁は、手にしているスコアをひらりと振る。
「これ、もらって行っていいか。道場行く前に寄っただけなんだ」
「ああ、うん。けっこうキーも高いけど、魁ならいけるかなーと」
「最高音は?」
「サビにハイE」
「まあ、いけるだろ」
「もし無理そうだったら、みんな早めに言って。べつの曲、考えるから」
「……じゃあ、お先」
魁が、ぽん、とスコアで蒼太の肩を叩いて去って行く。
そんな、何気ないことに、どくっ、と心臓が跳ねた。
「おい、マジでもう行くわけ? 長勢ちゃんのお願いくらい、断わるにしたって聞いてってやれって」
「いつでも聞く。勝手に来いって言っとけ」
にべもない。
理科室を出ていった親友の背中を見て、譲は天井を仰いだ。
「あー、もうっ。ほんっと、あれがもてるって何でだ! ツラか。ガタイか、腕力か? やさしい男がいいってのは嘘なのか、女の子諸君よ」
「──魁はやさしいよ」
「ハ? ハイ? なんて?」
「……いや、それはひどくない? 友だちとして、さすがに」
「うーん。そうか、鴻池にはやさしいのか。そう言われりゃ、そうかな」
「エッ──」
おまえだけ特別だと言われた気がして、蒼太はよろこぶどころか、内心冷や汗をかいた。
譲の視線に、どんな顔をしていいのかわからない。
笑って誤魔化すところでもない気がする。




