一年部員
「慶ー、聞いてる?」
ぼう、と一点を見ていた東城慶が、蒼太の声にびくっ、と肩を揺らす。
すぐさま蒼太の方を向いた慶は、後頭部まで見えそうな勢いで、頭を下げた。
「すみません!」
「向こう、うらやましい? 何なら慶も、都にベースおそわったら?」
ぶんぶんと横に首を振ってみせる。
「おれが、慶にもおしえてやってくれって言ってやろうか? たぶん、都はおしえてくれるんじゃないかな」
「大丈夫です。ひとりで練習する方が性に合ってます」
「そう?」
強く薦めるのも、まるでおまえのベースはヘタクソだから、と言っているように取られかねない。
蒼太は、手を伸ばして慶の肩に触れた。
「まあいいけど。うちのやつら、基本的に訊けば何でもおしえてくれるからさ。遠慮しないで」
「ありがとうございます。大丈夫です」
慶は、口癖のように二言目には、大丈夫です、と唱えてみせる。
後輩、という立場にある慶の、いわゆる処世術なのだろう。
それをはたから見ているときの歌月のうさんくさそうな目が、蒼太は忘れられない。
歌月は、口にしないまでも言いたいことはおおむね顔に出るタイプだ。
処世術、などというものは欺瞞だとおもっているのが、よくわかる。
どちらがいいとも悪いとも、蒼太には言えない。
ただ、ふたりがずいぶんちがう価値観の持ち主だということだけは、まちがいなかった。
軽音部には元々、同学年バンドという基本姿勢がある。
嗜好の違いを言い出したらきりがないので、上下関係のないところでケンカしつつも折り合いをつけるのがいちばん収まりがいいのだ。
太陽たちの『銀河鷲』などまさにそれで、ケンカしつつも、向上だけを合言葉にうまくやっていたとおもう。
足りないメンバーだって、同学年バンドにならば引き込みやすい。
ただ、都が魁といっしょにやるのを拒否したところから、その伝統が崩れた。
玲たちの代でも部をやめるものが続出したが、譲を入れたスリーピースは結果的に、それなりにまとまっているとおもう。
が、歌月と慶の相容れなさは、二年になろうと三年になろうと、変わりそうもなかった。
蒼太の手になど、とても負えない。
都と玲の仲の悪さも相当だが、彼らにはいっしょにやる必要もないし、都の方が年上なので玲も多少は遠慮するだろう、──たぶん。




