『ドラム』交渉
「遅くなってごめーん!」
ちょうどそのとき、理科室の戸が開いて、譲がやってきた。
すでにドラムはいつもの位置にセッティングして置かれていたが、譲はまだ来ていなかったらしい。
いつもは蒼太たちのところに留まる譲が、今日はあいさつもそこそこに、すぐに奥までやってくる。
歌月はともかく、都までが玲たちといっしょにいるのはめずらしいので、すっ飛んでくるのも無理はなかった。
「居残りかよ。何したんだ?」
「何もしてない。委員会だったの。文化祭の実行委員になってな」
「部活やってねーやつに押しつけろよ」
「受験勉強で塾通いとかもいるから、仕方ねーんだよ。そのかわり、文化祭のステージ順、いいところ確保してやるって。委員特権!」
玲の乱暴な口調にもまるで動じず、にこにこと応じる譲は改めてすごいとおもう。
「それにしても……」
譲は、玲と都の顔をしみじみと見比べた。
「どういう風の吹き回し? おまえら、犬猿の仲じゃなかった?」
「──猿が小早川ね」
「はァ? なんでだ!」
「だって、キーキー、ギターの方がうるさいでしょ」
言われてみれば、犬の鳴き声の方が低いかもしれないが。
やれやれと、譲が首を振る。
「このふたりをいっしょにやらせようなんて企む大物は、長勢ちゃんか? ──大丈夫? 手に負えないんじゃない?」
「え……ええっと」
歌月は、そばに立った譲の腕に手を伸ばした。
肘より下なのに、ずいぶんと太い。
これがドラマーの腕なのか、とおもう。
「いっしょに──やってください」
「うーん。俺はいいけど……」
ちら、と譲が蒼太たちの方を振り返った。
「ドラマーは他にいないから、まあ仕方ねーな」
「そうね。他にいないから、仕方ないわ」
仕方ないとおもって引き受けてやれ、という口調ではない。
どう考えても、仕方ないからおまえであきらめてやる、という口調だ。
歌月は蒼くなった。
譲は、ばっ、と椅子に座る弟の方を向くなり、がばあ、と抱きついていく。
まるで、お芝居を見ているようだ。
「とおるー! いじめっこがふたりに増えやがったー」
「うわぁ、あ、あの! でも私、先輩のドラム、いいとおもってます。ほんとです」
「マジで? どこが?」
「えっ、……うるさくないと、こ────じゃなくて! ええと、そう、必要最低限なところが!」
うまく誤魔化した、とおもったが、玲と都は遠慮なく吹き出した。
歌月からは見えないが、徹も笑っているのかもしれない。
おまえまでー、と譲が嘆いているところをみると。




