共有
帰宅する電車の中で、歌月は撮った動画の一部を『六区』内にアップした。
そして、『六区』の中で仮想音楽事務所として登録されている『兎ヶ丘学園軽音部』のページにリンクを貼りつける。
現役の軽音部員はみな、一応、そこの所属になっていて、グループとしてメッセージのやりとりや情報を共有できる仕様になっていた。
しかしこの一年、投稿といえば部員たちで結成されているバンドのエントリー動画のみに限られ、一切の交流はない。
ここに、それを公開して、どうしようというのか──
歌月自身にもよくわからない。
ただ、誰かと共有したかった。
きっと、何の反応も返らないだろうと、わかっている。
それでも、誰かに、わかって欲しかった。
“ロック”に圧倒された、この沸き立つような情動を。
いつもなら兄に伝えるが、こればかりは兄と共有できる感情ではない……そうおもう。
あの演奏をやってみせた側と、話すべきことなど何もなかった。
どんな感想も賞賛も無意味だ。
あれは、彼らからの挑戦状────
圧倒できるとわかっていてやった人間に、何を言える?
──これ、OBたちのバンド(兄を含む)です。
『六区バトル』で天下を取る、とか言ってる。
戦いたく、ないっすか?
打ち込んだ自分の文を見て、戦いたい、そうおもっていたのだと歌月は気づいた。
あれと、戦いたい。
バンドで──
ロックという、土俵の上で。
それには、ひとりでは無理だ。
バンドとして、力を合わせる仲間が要る。
だから、部員の目に触れる可能性にすがって、カキコミをせずにはいられなかった。
軽音部の部員は、現在、八人。
五月ごろまではあとふたり一年がいたものの、四月から始まった『六区バトル』に参戦する仲間を学外で見つけたとかで辞めていった。
部員で結成されたバンドは、ふたつ。
歌月は、そのいずれにも属してはいない。
ひとつはアニソン限定のコピーバンドで、もうひとつはプロをめざしていると豪語するオリジナルバンド。
はっきり言って、対極とも呼べるほど、音楽性も趣味も方向性もちがう。
けれど、一方には圧倒的なボーカルがいて、もう一方には天才ギタリストがいた。
このふたりが手を組めば、『B.E.E.』だろうと、決して目ではないはずだ。
そして、もうひとり……
──このクソやばいベース、太陽先輩なの?
『六区バトル』やるってナニソレ、くわしく聞かせて!
日付がとっくに変わったころ、歌月のカキコミに対して、そうひとつのコメントがついた。
コメント者の登録名は、MIYA──フルネームを、花巻都という。
もっとも、歌月がそのコメントを目にしたのは、夏休みの遅い朝を迎えた翌日のことだった。