交換条件
「こいつに──ベースをおしえろ。もちろん、花子が!」
「…………へあ?」
「──オイ?」
徹も、あっけにとられた顔をしている。
ふんっ、と玲は鼻を鳴らして腕組みした。
「もっかい言って欲しいのか?」
「う、……いやいや。まっ、待って。さっきのは、売りことばに買いことば的なやつで──弟先輩には、弟先輩らしいベースがあるというか」
「けど歌子。おまえ花子のが巧いとおもってやがるだろ」
「っ────」
「事実、巧い」
歌月は顔を背けて返答を保留したが、徹自身があっさりと認めた。
歌月の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
「巧かろうが何だろうが、俺はリードベーススタイルってのは嫌いだ。嫌いだけど──弾かないのと弾けないのは、はなしが全然ちがう!」
「弾かないなら、弾けなくてもいいんじゃ……?」
ぼそり、と言ってみたが、玲ににらまれただけだった。
「デカイ顔したベースは嫌いだけど、ベースをバカにされんのはもっと腹立つ。ロックの出来を決めんのはソロじゃなくリズムだからな!」
玲が、びっし、と徹を指さす。
歌月も、徹を見た。
「俺のギターはいらないからベースだけ欲しい、とか言われるようになってみせろ。そしたら、俺はおまえを引き留めるギターを弾く!」
宣戦布告なのか、それとも愛の告白か何かか。
歌月は、おもわず玲と徹の顔を見比べた。
と、徹が大きなため息をつく。
ぎくり、とした。
また、徹のハードルを自分が上げさせてしまったのでは、と蒼くなる。
「こっちがその気でも、向こうが何て言うか、だろ」
「歌子、行け──」
都のいる窓際を、玲があごでしゃくる。
歌月は、うなずいた。
さっきの玲から受けた圧力を考えれば、都にはなしをするくらいは朝飯前だ。
ただ、オーケーしてくれる確率が、どのくらいあるものなのか。
断わられたら、玲の説得からやりなおしになってしまう。
「────今、なんて言ったの?」
意を決して話しに行くと、ヘッドホンを手に耳を傾けてくれた都が、つっ、と目を細めた。
「え、ええっと……ですから、玲先輩にギターを弾いてもらうのと交換条件で、都先輩に、その、ベースをおしえてもらえないかと…………」
「それ、小早川が言い出したわけ?」
「……はい」
「そう──」
きれいに三拍ほどおいて、くふっ、と都が吹き出した。
「──せんぱい?」
「おっ、かしい。あの小早川が、私に、ベースをおしえろ、とか……」
「れ、玲先輩にじゃなく、弟先輩の方に……デス」
「わかってるわよ。浦部弟にでしょ。でも、小早川が言い出したのね?」
どこか笑み混じりの視線が歌月を見上げてくる。
じっ、と見つめられる理由が、わからない。
玲ではなく、徹が頼んでるのだと言った方がよかっただろうか……そんなことを考えたとき──
都が、すっと立ち上がった。




