援護射撃
「断わる」
「どうして──?」
はっ、と歌月は徹を見た。
訊いたのは、歌月ではなく、徹だった。
むっ、と玲が口をへの字にする。
「ベースが気に入らねーからだ。どーせ、花子に弾かせる気なんだろ?」
「おまえホモか」
「ハぁぁぁ!?」
歌月はびくっ、とひるんだ。
玲が徹に掴みかかるのではないかと、本気で焦ったのだ。
けれど、徹は平然とした口調でつづけた。
「そう、おまえさんざん某先輩を罵ってなかったか、ボーカル断わられたとき。いったいどこがちがうんだ?」
ぐっ、と玲が黙る。
いつだったか、蒼太から玲が鷲尾にボーカルを断わられたという話は聞いた。
玲が鷲尾をアニオタホモヤロウと罵倒しているのも、度々聞いている。
「おまえとしかやりたくねーって断わってるんじゃない。そういうベースとはいっしょにやりたくねーだけ!」
「……じゃあ、もしもこのベースを弟先輩に弾いてもらったら? それでも、気に入らない、いっしょにやりたくないっていうんですね?」
ぎっ、と玲がにらむ。
「弾いてもらうもなにも、そんなの徹に弾けっこねーだろ」
「先輩、練習すれば弾けるようになるって言いましたよ。向上心のない相棒を持ったおぼえはないって!」
口をつぐんだまま、玲がバッと立ち上がった。
下にあった視線が、いっしゅんで二五センチも上にくる。
歌月は、無意識に後退ろうとしたものの、うしろの実験台がそれを阻んだ。
わざとではなく、本気で泣きたくなる。
初めて、玲を怖いとおもった。
今あやまれば、せめて殴られずに済むだろうか。
でも、引き下がるのはもったいない気もした。
何より、徹が自分の味方をしてくれていることが、痛いほどわかるから。
いちばん腹を立てるべきは、きっと、彼なのに。
玲の相棒は彼だと知っていながら、自分は彼には弾きこなせないと玲さえも認めるベースラインを書いてきた。
──はなから、都に弾いてもらう気で。
ひどいことをしていると、おもう。
侮辱だと取られたって仕方がないくらいに──
「わかったよ。弾いてやる」
「……え」
「おまえのバンドで、いっしょにやってやるって言ってんだ。────そん代わり、条件をのめ」
きっと、ベースは徹にと言うのだろう。
だけど、歌月が聞きたかったのはそんなことばではない。
都と玲の音が合わさったところを、聞きたかったのだ。
どうして、わかってくれないのだろうか。
ぎゅう、と歌月は体の両脇でこぶしをにぎりしめた。
うつむいた目から、涙が今にもこぼれそうになる。




