「エイトビート。裏拍で」
「……じゃ、音を止める──とか?」
と、徹の右手の動きがぴたりと止まった。
それでも音がすぐに止まるわけではないのが弦楽器だ。
ドラムスであってもシンバルを手で掴むなど、一切の響きを止めるミュートの動作が必要になる。
ライブでやるのは難しいかもしれないが、演奏者が三人ならタイミングを合わせる人数も最小限で済むのが、利点といえば利点だ。
「音を止める──だと?」
見たことない顔で固まっていた玲の視線が、ゆっくりとこちらを向く。
歌月はおもわず視線を逸らせた。
「えと、サビ前でピタッ……とか?」
「ちくしょう! 腐れ盲点だ。そんっな簡単なことでいいのかよ。なぜもっと早く言わない、歌子!」
ばしん、とテーブルを叩いてくやしがる。
言いがかりだ、と抗議しようとおもったら、またしても玲の頭が後ろから殴られた。
「れ、い」
「ぐ……よくぞおしえてくれた、歌子。礼として、『Just Now』を特等席で聞かせてやろう。ドラムが旅に出てっから、おまえ、手拍子な」
席もなにも歌月は実験台にもたれて立っている。
そして、譲もちゃんと理科室内にいた。
ただ、何やら蒼太たちと話しているというだけで。
まあ、言いたいことはわかるので、歌月は逆らわなかった。
「はあ。四拍子ですよね?」
「そう、エイトビート。裏拍で」
「それはそっちで合わせてください」
徹が椅子を移動して、玲の横に並ぶ。
うつむきがちの徹の視界にも入るように、右足と両手で同時に四拍子の拍をとる。
と、徹と玲が顔を見合わせた。
なぜか徹が苦い顔をしている──ような気がする。
何かまずいのだろうか、とおもって手を止めようとしたら、玲がピックを持った手で静止した。
「それでいい、歌子」
「……これでいくのか」
「リズムにのって、あとは手の動きに任せろ。アホみたいに練習してんだろ。おまえなら弾ける」
なるほど、テンポが早かったのか、とおもうがそれでいいと言われた以上、変えるわけにもいかない。
しばらくじっと歌月の足元を見つめていた徹が、ピックを持った手を弦に添わせて玲をちら、と見る。
兄や都はベースを指弾きしているが、そういえば徹はピックを使う。
玲がピックの先でピックガードをいくつか打ったとおもったら、唐突に演奏が始まった。
徹はリズムに遅れないよう必死なようだが、玲は何だか楽しそうだ。
歌声も、いつもより力みがないように聞こえる。
間近でちゃんと聞くと、歌詞は少々意味不明だが、メロディラインはおもっていたよりずっと美しい。
が、その印象も間奏のギターソロになったとたんにかき消されてしまう。
やはり、玲の声よりギターの音色の方が断然美しく、センセーショナルなことは疑いようがなかった。
というか、もういっそ、インストゥルメンタルだっていいんじゃないのか、とおもう。
そのくらい、玲のギターにはソリストとして聞かせる力がある。
歌は凡才だけど、ギターはまちがいなく天才だ。




