俺様と、その相棒
「……じゃあさ、弾かなくてもいいから、アレンジ手伝え」
と言いながら、玲は取り出したトッポの封を開け、賄賂よろしく歌月に差し出してくる。
「食っていいぞ」
「いいぞ、って……先輩今それ、そっちのカバンから出しましたよ?」
そっちのカバンとは、玲のカバンの奥にある──すなわち、徹のカバンだ。
それを、さも我が物のように他人に薦めるとは、どういう神経をしているのか。
徹のものは俺のもの、とおもっているのが丸わかりだった。
それにしたって、たった今、愛想を尽かされたくなかったら云々と彼に怒られたばかりだろう、と言いたい。
「いーんだって。こいつ、こんなもん食わねーし。おまえ、甘いの好きだろ」
「はあ……好きですけど」
自分の口にぽりぽりと入れておいて、取り出した別の一本を歌月の口に押し込んでくる。
口をつけてしまった以上、食べないわけにはいかない。
歌月は、受け取ってから、徹の顔を見た。
といっても見えるのはほぼ後頭部で、その表情はさっぱりわからない。
「い、いただきます」
「おう、これごと持って食え!」
と応じて箱を押しつけてきたのは玲だ。
徹は、歌月のことばなど聞こえないかのように、うんともすんとも言わない。
蒼太に、玲にバンドで弾いて欲しかったら徹を引き込めと言われたけれど、彼が自分といっしょにやってくれるわけがないとおもう。
が、玲だけ貸してくださいとは、もっと言えそうもなかった。
やはり、あきらめるしかないのだろうか。
「ところで歌子。九月のライブでやる曲、『Just Now』ともういっこ、これとこれ、どっちがいいとおもう?」
少々くたびれた歌詞の紙を両手に持って、玲が突き出す。
トッポの破片があやうく喉に詰まりそうになった。
「先輩ね──そういうことは、メンバー同士で相談しません?」
「あ? 意見を訊いてるんだからいーだろが」
いいんでしょうか、と問いたいが、練習をはじめてしまった徹にはますます声など掛けられない。
歌月は、紙に記されたタイトルを確認して、まっすぐ左側を指さした。
「こっち!」
「ふーん。理由は?」
「先輩が歌ってもかっこいいから」
「ハァ? おまえケンカ売ってんのか。クソっ、笑ってんな徹! おまえが歌うよりマシだ!」
立ち上がってすごむ玲を仰ぎ、歌月は肩をすくめた。
「えーっと、ちがいます。ライブではいちばん声が出る音域をめいっぱい使う方が無理がないし、かっこいいってことで」
「判断基準は声の響きなのかよ。詞とか曲は?」
「詞は、どっちも独特。曲は……先輩のギターソロが入ってればどっちもかっこいいです」
椅子に座り直した玲が、ばしん、と右手の紙を実験台の上に叩きつける。
「じゃあ、この『ダイヤモンドダスト』をもっとビシッとかっこよくしてみろ、歌子」
「えー」
「ライブじゃ、楽器も声も増やせねーんだぞ。さー、どうするよ?」
ぽりぽりとトッポをかじりながら、ちら、と歌月は徹を窺った。
聞いてないようで、彼は話を聞いている。
口を出すのは気が進まないが、遠慮なくトッポを食べておきながら、知らんふりもできない。




