『課題曲』決定
第七回『六区バトル』の動画エントリー規定曲──通称『課題曲』──は八月中に募集され、『六区』住人の投票による選考が行われた。
つまり『課題曲』制とは、自分たちが聞きたい、いっしょに歌いたい曲を、住人たちの手で生み、選び出す制度といえる。
その、最初の『課題曲』の発表は、九月の第一週に行われるとされていた。
しかし、かねてから参戦済みのバンドへの通知は、既に行われているのだという。
その噂を、歌月は九月二日の朝に兄から聞いた。
「ほんとですか?」
「あー、『Quartetto』ってやつになったんだってよ」
歌月の問いに、椅子に座ってギターをチューニングしていた玲がそう答えた。
放課後の理科室の中には七人の部員がいて、練習を始める準備をしている。
すがたが見えないのは、例のごとく、鷲尾魁だけ。
「やっぱり、あの曲がいちばん人気だったか……」
歌月は歌詞が気に入った他の曲に投票したが、『Quartetto』は曲の良さが際立っていたので無理もない。
投稿曲は、ひとりで作詞作曲しているものもあれば、投稿された詞に別の誰かが曲をつけているパターンも多かった。
『Quartetto』は、めずらしくそれとは逆で、先に投稿されたのはメロディだったようだ。
いい詞なら他にもあったが、あの美しいメロディに詞をつけようと挑んだ人間の感性が他の作詞者に勝った、ということだろう。
歌月があの曲をアレンジするとしたら、ピアノの伴奏から冒頭はチェロのソロで入りたいところだ。
が、ロックなので、チェロの代わりはエレキギターにつとめてもらうべきだろう。
きっと、玲であれば、チェロの上品さなど吹っ飛ばす強烈なソロを弾いてくれるにちがいない。
「つーかよ、四重奏ってのが気に入らねー。トリオにケンカ売ってやがるよな? 歌子、おまえ鍵盤弾け。そしたら四人になる」
「……やです」
「あ? 嫌って、何だ?」
むっとした切れ長の目に下からにらまれて、歌月は怯んだ。
と、ゴン、といきなり玲の頭が殴られる。
見ていた歌月まで、痛ッ、とおもった。
「何すんだ!」
「おまえ、いいかげん愛想尽かされたくなかったら、勝手なことばっか抜かしてんじゃねーぞ」
「…………」
しょぼん、と玲が黙り込んだ──ように、歌月には見えた。
玲の向こうでベースをチューニングしていた徹の硬質な声は、とくに荒らげているふうではないのにやたらと迫力がある。
玲が、目に見えて沈んでしまうからかもしれない。
自分に無断で、ほいほい他人を引き入れようとするな、と彼は言いたいのだろう。
すみません、と歌月はおもわず謝りたくなった。




