ハイF
「────部長にとって、ロックとかバンドって、どういうものなんですか」
「ロックに限らず、ひとを楽しませるのが音楽だとおもってるよ」
期待したこたえではなかった。
でも、意外なこたえでもない。
歌月と彼では、音楽に期待するものが決定的にちがうのだということだけは、わかる。
だからきっと、やる理由もちがうのだろう。
「じゃあ、どうして、軽音部に入ったんですか」
「クイーンにハマったから、だね」
「は?」
「しらない?」
「しってますけど。それで、なんで、やるのはアニソンなんですか?」
「同じ理由、かな」
意味ありげに微笑した顔は、理解されることを期待していなかった。
なので、歌月はそれ以上訊くのをやめる。
たぶん、説明する気はないのだろうとおもったからだ。
ちょうどそのとき、アンプを重そうに抱えた都が、理科室に再び現れた。
それを見て、蒼太が椅子を立つ。
一旦離れて行った蒼太が、なぜかこちらに戻ってきた。
手には、何やら紙を持っている。
「妹ちゃん。あとで、この曲やるから歌ってくれる?」
「……鷲尾先輩は?」
「あいつ、夏休みの間、空手部にかっさらわれててさ。これ、わかる? 歌えそう?」
歌詞にコードが振ってあった。
タイトルは、『射手座☆午後九時Don’t be late』と書いてある。
歌詞の一部に目を走らせた歌月は、あの曲はこんなタイトルだったのか、とおどろいた。
「これ、前からやってるやつでしょ?」
「そうそう。前に、キーボード弾いてもらったやつ。いける?」
「あのひと、女性ボーカルも原キーで歌ってんですよね? 私、C5までしか出ませんよ」
「この曲の最高音、ちなみにハイFだから……F5?」
「出、ま、せ、ん!」
「魁も出ない。でも、他は高くてもDのシャープだから、どうにかね。まあ、裏声でいいから、おねがいします」
その後、十時をまわったころに東城慶と浦部譲がやってきた。
玲と徹は、午後になっても現れることはなく、どうやら夏休みの練習はふたつのバンドが曜日を分けているらしい、と歌月は気づいた。
だから、昨日は蒼太たちがいなかったのだろう。
都はあいかわらずひとり、窓際でベースを弾いている。
音を出さないのに、わざわざ学校に来て弾く理由が歌月にはわからない。
部の備品のアンプでなければやる気が起きない、とかだろうか。
歌月が知っているのは、そのアンプはかつて兄が自宅で使っていたものを、不要になって部に寄付したものだということだ。
その証拠に、歌月が手作りしてやった『銀河鷲』のステッカーが背面に貼ってある。
昨日聞いたかぎりでは音量はそこそこ出るようだが、高校生の兄が使っていたくらいなので、それほどいいものだともおもえないのに。
歌月はその日、夕方まで蒼太が率いるバンド『@兎ヶ丘』の練習にまざり、ボーカル代理兼キーボードを務めた。
その間、一度も慶とは口を利くことはなく、また、鷲尾が練習に顔を見せることもなかった。
『射手座☆午後九時Don’t be late』とは?
アニソンです。「マクロスF」の挿入歌。シェリルの歌はどれも絶品。書いたのが2016年になってからだったら、「マクロスΔ」の曲にした!!とおもったけど、鷲尾に「イケボ」は歌わせらんない(笑)




