ピアノ歴、十年
「見たんですか、あれ?」
「うん。あれと戦いたいとか、さすが太陽先輩の妹だなーって感心してた」
ふわりと、毒のない微笑を浮かべてみせる。
歌月は、おもわず鍵盤に手を叩きつけた。
けっこうな不協和音がひびく。
「それ、一年の私が勝手に部員を引き込んでバンド組んでもいいって言ってるんですか?」
「もちろん。『六区バトル』に出るなら、最低限メンバーは揃えないとだろ。うち、楽器はひととおりいるから、あとはやる気だけじゃない?」
「やる気……?」
「そう。それさえ自力で引き出せるなら、学年なんか問題じゃない。──というか、一年だからって今まで遠慮してたの? 柄じゃないね」
「…………しろって、東城に言われたから」
「ああ、慶にね。なるほど」
おかしそうに笑って、蒼太はちら、と理科室の入口を見た。
誰もいないことを確認して、歌月にちょっと顔を近づけてくる。
「慶はさ、ギター一年くらいやってて、うちに来て、それまで洋楽とかはぜんぜん知らなかったみたいなんだよね」
「知ってます。『折音』しか聞かないって言ってた」
蒼太は肩をすくめてみせた。
歌月のことばにこもった棘を見抜いたらしい。
「その『折音』のメンバーがいたころから、うちは古きを温めて新しきを知る、が伝統っていうのかな。太陽先輩たちも、そうだったしね」
「中毒かってくらい、毎日ビートルズばっかり聞いてましたよ」
「ビートルズね──玲はアンチみたいだけど、妹ちゃんはどう?」
「……カバーを聞くかぎり、曲はいいなっておもいますけど」
「だよね。妹ちゃんならそう言うとおもった」
くすくすと笑われる。
べつに上手いとはおもわない、という心の声まで聞こえたような反応だった。
「あ、でも、ベースはいいとおもいます」
「そっか。じゃあ、ギターも一本ずつ聞いてみると案外気に入るかもよ。──ともかく。慶はうちじゃいちばんの未熟者だから、仕方ない」
「なにがですか?」
「妹ちゃんが、慶が尊敬しまくってる先輩たちに一目おかれている理由が、わからなくてもね」
「……だれに一目おかれてるんです?」
「みんなじゃない? 楽器やらない魁はあんまりかもしれないけど。玲だって、君には一目おいてるとおもうし」
「おかれてないですよ。歌子ちょっとこれ弾け、とかって超上からだし」
「そう? 弾けるに決まってるって、信頼を感じるけど。おれとか、死ぬほどバカにしてるしね。まあ、年季がちがうし、無理もないけど」
「年季?」
「妹ちゃんも長いよね。ピアノ歴って、十年くらい?」
「はい」
「コピーやってるうちは、音楽知識も必要ないから、すごさに気づかないんだろうけど。ま、そのうち、慶の誤解も解けるとおもうよ」
歌月はしみじみと蒼太の顔を見つめた。
誤解、していたのは自分かもしれない、とおもう。
蒼太が自分の音楽知識などに一目おいているとは、おもいもしなかった。
ロックに関しては、慶に負けないくらい無知だという自覚は、いちおう歌月だって持っている。
兄が聞いていたから少しなら知っているが、それだけだ。
すると、歌月の考えを読んだように、ぽん、と蒼太がやさしく肩を叩く。
「それまでは、兄貴がOBなおかげーとかおもわせてなよ。まわりは誰も、一年のくせに生意気、とかおもってないんだからさ」
苦笑した蒼太は、がらり、と開いた戸に顔を向けた。
入ってきたのは都だ。




