部長・鴻池蒼太
「おや。妹ちゃん、早いね」
翌朝、歌月の次に理科室に現れたのは、部長こと、鴻池蒼太だった。
蒼太はのんびりとした足取りでやってくると、キーボードに向かう歌月の手元を覗き込んだ。
そのやさしげな顔には、いつも変わらない微笑が浮かんでいる。
「自分から楽器引っ張り出してくるなんて、めずらしいね。昨日、都と玲が何やら一戦交えたとこに居たらしいけど。触発されたとか?」
「……イエ」
歌月は鍵盤に乗せた指を動かしながら応じた。
ふうん、とどうでも良さそうな返事が返ってくる。
「お兄ちゃんに、やめるなら楽器のひとつも練習して挫折してからにしろ、って言われたんで。そうしようとおもって」
「えっ。やめんの? どうして?」
そばの椅子を引いて座った蒼太を、歌月は手を止めて振り返った。
スマホから流れていた『ハイウェイスター』の音源も止めてしまう。
「バンド入ってないし、いる意味ないでしょ」
「そんなことないよ。キーボードが必要なとき、ちょろっと弾いてもらえて、おれも玲も助かってるって。お礼言ったことないっけ?」
「ちょろっと、ですか」
それは、要は助っ人あつかいで、バンドに必要な人間というわけではない。
居ると便利、と言っているも同然だ。
「ところで、妹ちゃんは実はハードロックが好きだったの? うちで気が合いそうなのは魁くらいかなー」
「……合うわけないでしょ、あのひとと。今弾いてたやつなら、ロックとキーボードで、何かないかって検索かけてたまたま見つけた曲です」
「えっ、それだけ? まさか、耳コピで弾きこなしてたの?」
「弾いてるひとの動画もあったんで、それ見ましたけど。ちなみに、もっと難しい曲、知ってたらおしえてください」
「そりゃ、ハードロックよりかはプログレとかフュージョンとか、ジャズ寄りの変拍子が難しいんじゃないの? うちの部じゃやれないけどね」
「──どうしてですか」
「ギターはたいがいのものは玲が弾けるけど。変拍子はリズム隊が大変。都も譲も無理。徹なら、一年後には弾いてくれるかなー?」
ジャンルが不適当だとでも言うのか、とおもっていた歌月はおもわず口をあけた。
「……うちの部じゃって、部員で演奏するって意味ですか?」
「そうだよ。他に、誰とやるの? ──あ。もしかして、他の連中とバンド組もうとおもってるから、やめるって言ってるとか?」
腕を組んだ蒼太が、うーん、とうなる。
「太陽先輩たちのバンドと戦いたいって言ってたけど。勝ちたいなら、一からメンバー集めるより、玲を引っ張り込む方がいいんじゃない?」
「ハ……?」
「ハ?って、なに。あれっ、もしかして都と密談のつもりだった? あのページ、部員みんなに公開されてるんだよ?」
ようやく、歌月は彼が何の話をしているのか、理解できた。
『B.E.E.』の動画を貼りつけた、あの数日前の『六区』へのカキコミのことだ。
『ハイウェイスター』とは?
Deep Purpleの代表曲ですね。ロックとキーボードで検索して出てきそうな有名なやつでそこそこ難しそうな曲、と思って浮かんだのがコレだっただけです。




